「そわそわ」
「そわそわそわ」
「そわそわそわそわ」
「そわそわそわそわそわ」
「…………」
「――――――」
…………。
「うあぁぁぁぁぁぁ――――」
グシャグシャと春ポンの頭を撫でながら、奇声を上げる。
「何してんだ……」
落ち着かない様子でそれを黙認する、現生徒会長。
放課後――二人して生徒会室でボリスタ読みあい、ソワソワしていた。
「「エル・クラシコ、どうなるんだよぅ……」」
共にそんな悩みを抱えている、今日この頃。
「あー、ちくしょー。早くバルサオタをプゲラしたいぞー」
「あんた、マジでロクな死に方しないぞ」
何で月曜開催なんだよ、チクショー!
ちっとも落ち着かないし、抑えられない。
「まあ、あたしは引き分けだと思うけど?」
ボリスタを読み終えた春ポンが言う。
その可能性が高いのは認めるが、そんな結末では許せない。
「マドリーが2-0で勝つ。そしてモウリーニョが煽る。シャビがアンチフットボール(笑)と言い訳する」
俺にとって、理想の展開とはこれであり、こうなったら全力でプゲラする。
との宣言に、春ポンは溜息を一つ。そういえばとこちらを向いて――
「大体、あんた何でそんなにバルセロナが嫌いなわけ?」
言葉にし辛い嫌悪感――これをどう表して良いのか分からない。
そんな時、それでも言葉にしなければならないのなら、一つひとつ考えながら話そう。
「俺はな、バルセロナが世界一華麗なサッカーするってのに、異論はないんだよ」
そこはフットボールだろうが、なんてゴチャゴチャ抜かす奴はどうだって良い。
言葉なんて分かれば良い。クリロナでもロナウドでもCR7でも良いんだよ。
「下部組織が充実していて、小さい頃からチーム戦術を教え込むのも凄いと思う」
実際問題、上から下まで一緒の戦術ってチームは少なくない。
インテルでも広島でもやっているし、オランダなんて国中がほぼ一緒だ。
だけど、その中で一番完成度が高くて指導者も生徒もレベルが高いのはバルセロナだろう。
「華麗、オーケー。魅力的、オーケー。だけど、正しいってのは違うだろ」
なんだよ、アンチフットボールって。
手前勝手の理屈でしかないだろうが、と俺は思っちゃうわけだ。
「確かに、ファウル戦術は嫌いだし、否定されるべきだろう。
でも、守備的なサッカーは何で駄目なのかって話だよ」
良いじゃないか、カウンター。
モウリーニョ時代、チェルシーの速攻は本当に凄かった。
計算されたポストプレイ、サイドへ流れる前線。飛び出してくる二列目三列目の速さ。
歯車みたいに全部がガッチリ嵌って、数秒でゴールを決める、あの戦術。
「インテルは大好きだけど、あのチェルシーは越えられないだろうな」
恥ずかしいことを語り尽くし、聞き尽くして、春ポンが一言。
「インテル……今季は駄目だな」
その一言に、俺は閉口して項垂れるしかなかった。
――2008年9月30日――
文化祭当日。
運動場でジュースを売っているクラスの連中を眺めて一言。
「精力的に働いてない奴が何人かいるな」
「――どうする?」
いつの間にか、俺と春ポンの間に立つ変態が一匹。
「自腹で買い出し。それぞれラムネ一本と業務用の缶ジュースを一箱、ラムネはここまで届けてくれ」
「鬼かよ、あんた」
「――分かった」
「あんたもちょっとは何か言えよ!」
里居が部室を出ると、春ポンへ向き直ってニヤニヤ笑う。
「正義の味方の春ポンは気に入らないんでちゅかー?」
「いや、理不尽すぎんだろ。あんたは部室で座ってるだけなのによぉ!」
そう、久しぶりの帰宅部部室。
夏休み前に喫茶店の申し込みをしたものの、生徒会のミスで残念ながらパンフレットには載っていないと気付いたのが数時間前。
しかし、喫茶店をしているからには離れようにも離れられない。
パンフレットに載っておらず、呼び込みもしていないし、看板も張り紙もしていない。
だけどここへ客が来た時、精一杯のおもてなしが出来るように待機しているんだ。
「しかし書類作成したのは誰だよ、帰宅部狙い撃ちにしやがって……」
みんなすまない。俺は部長としてこの店を切り盛りしていかなければならなかったのに。
「じゃあ訊くけど、もし客が来たらメニューはどうすんの?」
「あと十分もすれば、昔懐かしのラムネが入荷します」
「他には?」
「スマイルは一万、握手は三万、タッチは五万。ただし、見目麗しい女性には無料」
「どんだけだよ! つか、パンフ作ったのあんただよ! 珍しく雑用するから感心しただろ!」
ああ、そうだっけか。
まあ狙ってやったミスだからそう怒るなよ。こういう時もある。
「じゃあ、そういう春ポンは何でこんな所にいるんだよ?」
「この恰好で外へ行けとでも?」
……似合ってるぞ、その着物。
「というか、この着物は誰のだよ。ちょっと嬉しいけど」
春ポンも女の子。滅多に着ない服に、少しテンション上がってるのかもしれない。
しかし、その癖に引き籠ってたら意味がないと俺は思うわけで。
「それ、里居のだよ」
文化祭用にと里居がハアハアしながら押しつけてきた服だからサイズは俺のだけど、里居所有で間違いない。
「身長もそこまで変わんないしな」
胸も変わらんしな、と心の中で付け加える。
「そうだな、あの人って何センチ?」
「百七十くらいだったと思う」
適当な返事の後、微妙な沈黙。
俺は運動場を眺め、春ポンは落ち着かない様子で鏡を見ている。
「…………」
三分ほどの静寂。
ふと気になって訊いてみた。
「そういやさ、春ポン」
「なんだよ」
「下着穿いてんの?」
言った瞬間、中段蹴りがとんできた。
「あんた、何をいきなり訊いてんだ!?」
「いや、だって里居が着物ってそういうモンって言ってたから……」
「違ぇよ、ちゃんと着てるに決まってんだろ!」
……本当?
「うぁっ!?」
訝しんだ一瞬、今度はグーパンが飛来してきた。
「マジでシメるぞ、あんた」
「待てよ、これは真剣な話でな。下着の線とか見えるんじゃねぇの?」
だから穿かないって聞いたんだが。
見た感じ、そんなの全く見えてないし。
「確かに洋服のやつだと線が出るっていうのは聞いたことある」
なんとか構えを解いてくれる、優しい後輩。
「色々と方法があるんだよ。それにあたしは……って何を言わせようとしてんだ!」
ノリツッコミで机をひっくり返した春ポン。
明らかに俺は悪くないのに、何を思ったのか蹴りを繰り出すが――
「ぃっ!?」
しかし、三回も蹴りを看過するほど、俺はお人好しじゃない。
右足を掴んで引き寄せ、バランスを崩した春ポンを椅子に押し戻す。
「ちょ、センパイ!?」
「……さすがにお仕置きだろ、これは」
そのまま右足を持ちあげようとして――
「――蘭、持ってきた」
ラムネを両手に抱えた里居が現れた。
「…………」
俺は沈黙する。
体勢的には、座ってる春ポンの股を開かせようとしている感じ。
「――――――」
里居の沈黙は、かなり怖い。
どこがって、冷静にラムネを置いて握り拳を作ってるところ。
「…………」
いそいそと携帯を取り出して、耳に当てる。
通話の相手は音無カイン(仮名)。
俺の三つ下で、天涯孤独、俺の弟みたいなやつだ(設定)。
「おー、音無か。久しぶりだな、元気かよ。
おう、すぐそっちに向かうわ、待ってろよ」
通話しながら里居の横を通り抜ける。
ちょろい、さすが里居だと安堵した瞬間、グイと後ろから引っ張られて――
「うあああぁぁっ!?」
気付けば、机の上に押し倒されていた。
「――逃がさない」
「というか、音無って誰だよ」
横目で見れば呆れている春ポン。
おい、お前が原因なんだからなー。分かってんのかー。
「違う、春ポンが誘惑するからだな……」
「――嘘吐きは泥棒の始まり」
――瞬間、両肩の拘束が強まった。
おい、机がミシミシいってるぞ。
つか、春ポンは逃げてるし。
「事情を聞かずにこんなことすんな」
まずは話を聞いて下さい、お願いしますと懇願する。
しかし、返答はなく。机の悲鳴は大きくなり、里居の顔も大きくなっていって――
「ぅぁっ!?」
「――――――ッ!?」
拘束に耐え切れなかった机が割れ――必然、里居の拘束が一瞬だけ無くなる。
そして思考の速さならば俺に分があるのも、また必然。
「あっち行ってろッ!」
勝機と判断した俺は、躊躇いなく里居を投げ飛ばす。
部室の窓から落下していく里居美恵。
ここは三階だが、あれにダメージを与えるには及ばない。
……いや、生徒の注目は浴びるだろうが。
「あんな人外の相手してやれるかよ」
呟き、部室から飛び出て、幽霊屋敷の裏口へ向かう。
「おう蘭、久し――ぶげぇっ!」
健太を殴り飛ばし、衣装を奪う。
「てめ、いきなり何しやが――ぁぁぁぁ!?」
立ち上がろうとする友人を踏みつけて着替え完了。
じゃあな、お前の犠牲は忘れない。
「それじゃ一丁、張り切りますか」
下着姿の健太をロッカーに閉じ込め、俺は幽霊に扮する。
衣装はどうやら吸血鬼。ならばそれらしく振舞おう。
特にカップル――お前らはムカツクからメチャクチャにしてやんよ。
心に固く誓うと、適当な場所で待機することにした。
あー、その、なんだ。
長友、スゲーな。ついF5連打してしまった。