炎天下 クーラー修理 おいくーらー?




……駄目だ。頭が馬鹿になってる、俺。

部屋はクーラーが壊れて蒸し焼き状態。

リビングでは不良女教師が真っ裸も同然の姿で仕事をこなしている。

もちろん、そこに加わりたい気持ちが無いと言えば嘘にならなくもないのだが、倫理上どうなんだと理性がストップをかけたわけで。

ならいっそ外に行くかと、扉を開けてのがマズかった。


そこには里居美恵がででんと仁王立ちしており、38の気温など意に介さずピクニックなどを企てていたとさ。

丁重にお断りしようにも、その指に絆創膏なんておよそこいつには似合わない代物を見つけたとあれば、そうもいかず。

聞けば朝の六時から作ってたと言う、そのサンドイッチ。

さすがの俺も、それを聞いたら承諾するしかない。


さあ行くぞと気合を入れて、お天道様に反逆を開始した……三十秒後。


「暑いぞー」

「――暑いね」


と、いうわけで現在の気温は38。猛暑日だ。断じて、真夏日ではないと言っておく。

SunSunと照りつける太陽は、文字通りドSでねちっこく俺を虐めてくる。

いや、マジ勘弁してください、えぇホント。本当に暑すぎて暑すぎて……


「――暑い」

「だったら離れろ 暑苦しいんだよ、お前はぁァッ


怒鳴って、なおも接近する美恵の顔を右手で抑えつけようとするが、その右手をパクリと口中へ入れて――

ジュルリ的な音を立たせてしゃぶられる。


「☆♯♭××◆△――――!!!!!!


背筋がゾワッとして、手を引き抜こうとするが――抜けない。

そして追撃。ジュビジュバ的な音。


「ギニャワアァァァァァァアアア――――!!!!!!


大変だー、大変な変態がいて俺大変で帯電しちゃうぞ、この変態!

あー駄目だ、ゾワゾワするなんか右手がヌメヌメするし、ジュビジュバされてるし、気持ち悪いぞ本気か? テンション高すぎだろこの女。


「だから、いい加減にやめい! 暑さで脳とけたか? あぁ?」

「――なんか、ノリ悪い」


強引に抜け出したらコレだよ。

そもそもお前の変態具合に付き合った時があったか?


「――CL終わった時だったら、喘ぎ声を上げてたはず」


…………はて?


「――そもそも不思議だね。ウルグアイ応援してる人なんて珍しいよ


何のことやら、俺にはさっぱり分からない。


「――スペインが勝っちゃって残念だったね」

「いや、決勝はむしろスペインが勝って良かっただろ」


さすがにアレはやりすぎだろう。

一つの作戦だろうが、カンフーキックは止めてくれ。


「とにかく、今はもう来シーズンのことだ」

「――それって、08-09のことだよね?」


そういえばそうなるんだよな、ややこしい。


「とりあえず、巻はチョー頑張ってくれ!」


俺はあの人大好きだから。根性あって、粘れるFWは素晴らしい。


「あと、本気で来年あたりからサントンを仕上げないとな」


いい加減、イタリア人を育てようぜ……。

いや、別にいいけどさ。というか、フォーメーションいじっちゃうの?


「と、まあサッカーの話題はこの辺にして」

「――うん」


暑いよな、と同時に呟いた瞬間。

里居は、天啓を得たと言わんばかりに手を叩いて……


「――そうだ。冷やしタイヤキを買って行こうか」

「何だよ、それ」

「――この前、商店街のタイヤキ屋のとこにそんな暖簾があった気がする」

「むー、ちょっと遠い……」

「――お金あるし、いくらでも奢るよ?」

「よし行こう、すぐ行こう、今すぐ向かうぞ、タイヤキ屋!」


愛してるぞ、こん畜生。

変態ストーカーだろうが構わない。




――2008810日――




「うまうま」

「――おいしいね」

「うまうまー」


そして、公園の木陰で寝転びながら冷やしタイヤキを貪る男女が一組。


「ばくばく」

「――むしゃむしゃ」


つまり俺達のことなんだが。

というか、比較的大きい公園なのにも関わらず、俺たち以外の人影と言えば……噴水付近で戯れている女子高生が二人、以上。


「――人、少ないね」

「つか、こんな暑い日に外出するなんて無理、ありえん」

「――ロッベン?」


それは違う、と苦笑交じりに応えて視線を遠くの女子高生へ。

きゃっきゃうふふと遊んでいる二人を凝視して――気付く。


「お、春ポンと十三だ。ちょっと噴水の方を見てゴラン」

「――パンデフ?」


すんません、今のは俺が誘導しました。


「ま、とにかく呼んでみるさ」


おーいと手招いて、タイヤキを一つずつくれてやる。

どうだ、おいしいだろ、へへんと威張り――


「いや、アンタが威張ることじゃないだろ」

「先輩、暑さで脳が溶けたんですか?」


おい、春ポンはともかくもう一人。

お前だ、お前、そこの陸上部。


「俺、お前に何かしたか?」

「いえ、というか先輩の行動とかどうでもいいですから」


…………おい。


「春ポンとのラブラブタイムを邪魔したから怒ってんの?」

「いえ、そういうわけじゃないんですけどね」


何だろう、と十三命はタイヤキを食べながら続ける。


「相性? 波長? ノリ? 何か良くないなとは思いますね」


何となく分かるわー、と春ポンが同意。

言われてみれば、俺もこいつにあんまり良い印象を持ってない。


「――まあいいさ。俺にはハル……ミ……あー何でもない」


春ポンがいると言いかけて殺気を感じ、美恵がいると言いかけても怒気を感じたので強制終了。

とりあえず、角が立たないよう尽力する。


「でも先輩だって顔はいいんだから、仲良くしても良いですよ?

というか、わたしの家でメイドとかしません?

寝食、自室、自慢の妹も付けて月給千円でいいんなら」

「……いや、止めとく」

「センパイ、少し考えただろ」

「――考えたね。間違いなく、損得勘定してた顔だった」


コホン、と咳払いを一つ。

気を取り直して話を変えよう。


「そもそも、お前に妹なんていんの? 幻覚かなんかじゃないんだろな?」

「し、失礼な。わたしの妹はチョー可愛いんですよ!」


そうかい、なんて適当に相槌打ってさらりと自慢を流してしまう。

と、タイヤキを食い終えたちょうどその時。

何を思ったのか春ポンが爆弾を投げつけてきた。


「だったらセンパイ、あたしの家はどう?

寝食、自室、両親付きで月給一万円」

「…………や、止めよぅかなぁ?」

「考えてますね、先輩」

「――というか、悩んでるね」


うるさい、というかそりゃあ悩むだろ。まあ、とは言うものの――


「嬉しいけど、俺は一万円で買えるほど安くない……?」

「というか……何で最後が疑問形?」

「――むしろ、蘭はアタシの家に来るべき。待遇は最高だから」


十三は無視。

そして一応、里居にはどんな? と訊いてみる。


「――寝食、自室、自慢の姉に夜のサービスも付けて月給三十万」

「ぶふっ!」

「ぬわッ!?


おい、春ポン。お前だって女なんだから『ぶふっ!』はないだろ。

そしてお前、その条件は全国の就活生を馬鹿にしてんのかよ。


「だけど、お前の家だけは絶対に嫌だ。生命の危険を感じる」

「――危険なんて、あるわけない」


…………。


「――――――」

「――――――」

「――――――」


三人、同時に絶句する。

お前だ、お前。お前が一番危険なんだよ。分かれ、この馬鹿。


「そ、そうだ。里居センパイ、その指どしたんすか?」


凍った空気を溶かそうと奮戦する春ポン。

俺も少し気になっていたことを聞いてくれる。


「――これは、サンドイッチにちょっと……」


こいつにしては珍しくはっきりしない様子に、こいつだって包丁で指が切れるんだな、なんてちょっと安心。


「そういや、それ食っていい? お前が作ったのって、なんか興味ある。みんなで食おう」

「いやー、なんかヤバそうなんで、わたしは遠慮しときます」

「――ん、どうぞ」


手渡されたのはヘルシーっぽい、トマトサンド。

そんなヤバそうな雰囲気もなく、またこいつの指にも報いてやるべく俺は特に何の警戒もせずに口元まで寄せ――

口が小さいため、一気に食おうとしなかったのが奏功した。


「が、はッ! ッッッッ!?!?!? お、お、お、おままままま――!?


一言で言うと、驚愕。

コーラと思って流し込んだ液体がアイスコーヒーだったような感じ。

味自体は普通にマズイ。まあ、殺人級ではないだけマシなんだが……


「こ、これ。玉子サンド? つか、血の味がして気持ち悪い」


つまり、俺がトマトと思ってた色部分。全部が血だったというオチなわけで。


「お前、もしかしてわざと? え、イジメ?」

「うげ……それ全部、血の色だったわけかよ」

「――いや、なんか滋養強壮に良かれと思って」


んなわけないだろ馬鹿。

春ポンなんか真っ青な顔してるぞ、十三はゲラゲラ笑ってるけど。


「おま、これを食えっつうのか?」

「――モテモテ主人公ならこういうのは全部食べるのがお約束」


文字通り、アタシを食べて。などとウインクする馬鹿一名。

そーかい。お前、このために指を切ったわけ?

イジメだろ、おい。そこの一年生、先輩の危機だぞ?

いや、ヒイてんなよ爆笑してんなよ、逃げんな手を振ってさよならなんて風と共に去ってんじゃねえよ、おい!


「却下、一人で食ってろ。スカポンタン」


一瞬、野良猫の餌にでもしてやろうかと思った。

しかしこの地域から野良猫がいなくなるのも淋しいし、俺にだって良心はあるわけで。

バスケットの中に戻しておくだけにしておいてやる。

まあでも、血を入れるなんてエキストリームな事をしなければ、きっとおいしく出来てたことだろう。まあ、これは食えんが。


と、ここで一つネタを思いついた。


「宴会とかけまして」

「――宴会とかけまして?」

「このサンドイッチととく」

「――その心は?」

「公の場ではクエンでしょう」

「――――――?」


あ、ウケなかった。


「――ごめん、意味が分からなかった」

「…………」


自分で自分のネタを説明するほど、アホなことはない。

これくらい、拾ってくれよ馬鹿とも思うが、そもそもそういうものをひっくるめて笑いを取るものなんだろう。

ついでに今の、「公宴」と「食えん」をかけたわけ。はい、すいませんでした。


「んじゃま、二人だけになったし……行くか」

「――え、もう? というか、どこに?」


立ち上がり、里居の手を取ってやる。


「あのな、お前がサンドイッチ作ったって言うから、ここまで来たわけ。

食えない代物だし、暑いし、大人しくクーラー効いたトコ行く方が賢いだろ」


まあ、早朝から作ったっつってたし。

にも関わらず食べないなんて言い出したことについて、一応は謝罪しとかないといけないし。いや、そもそも……


「普通に作ればそこそこ出来そうだったし。

汚名返上の機会をやらんこともない」

「――んと、つまり?」

「昼飯、タイヤキだけじゃ足りない。

見張ってるから、今度こそまともなモン作れよ、バカ美」

「アタシん家で?」

「他にクーラー効いてて、普通に台所を使えて、上がらせてもらえる家なんて知らないし」


俺の家はなんか、呻いてる教師がいるし。

本当に不本意ながらも、前述の条件を満たしてるのは里居家くらいしかない。

だから行くぞ、なんか突っ立ってる里居の先を歩きだす。


「――蘭ッ!」

「だから暑苦しいんだよ、離れろバカ、疲れる。

動きにくいし暑いし、汗かいてるからくっつかれるの嫌だし」


とか言いつつ、密着部分が気になっていたなんて。

本能だから仕方がないからいいじゃんとは思うものの、なにがいいじゃんなんだ、俺の馬鹿。

そうだ、こんな青春の一コマは心のタイムカプセルに仕舞っておこう。

絶対に開封するなよ、してたまるかよ、この野郎。


何だかんだで楽しんでいる、猛暑日。

蝉の鬱陶しい鳴き声も、少しは風情あるように聞こえてきたような気がする。




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