――2008年5月19日――
月曜日特有の憂鬱な授業から解放された安堵感。
それと同時に、今週が始まったという倦怠感。
と、まあそんなものを心中で咀嚼しながら、俺は生徒会室でパソコンを見ていた。
「……相も変わらず、一番乗りしながら何もしてないのね」
「いや、DVD見てんだよ……何もしてないこともない」
入ってきて早々に溜息をついてきたのは宮野結衣。
「掃除当番はもう終わったのか?」
「んー、みんな真面目にしてくれるからね。っていうか、何のDVDを見てるの?」
見せなさいよ、と画面を覗きこもうとしてくる宮野。
イヤホンを外しながら、宮野に先んじて答えた。
「――――AV」
「…………は?」
「だから、アダルトビデオ。処女は見ない方が良いと思うけど……」
あ、固まった。
というか……ヤバイ、切れてるよ、こいつ。
「……まあ興味あるなら、宮野も見るか? ほら」
「え? ちょっ」
きゃあ、なんて喚きながらも視線はしっかり画面を捉えている。
だから……嘘もちゃんと分かってくれただろう。
「自分……しょーもない嘘ぉつくんは止めい!!」
「――うあ!?」
ふんだ、興味津々だったくせに。
ともかく、俺の首に回した腕を離せよ。
「つか、はなしてくださぃ」
オチる……このままじゃ、オチるから!
「ふん、何がヤらしいビデオよ。普通の野球特集じゃない」
「野球特集じゃない、今中慎二の特集だ。ぶっちゃけ、永久保存版」
「まーた、古い名前を……」
「うっせー、お前だって遠山とか藪とか葛西とかが今でも好きなんだろーが」
「あと、新庄もね」
――やっぱり、古いじゃないかよ。
バースとか掛布とか言わないだけマシだと言えるかもしれないが……。
「ともかくだ。AVが見たいなら、健太の家にでも行け」
「いや、別に見たくないから……というか、藍原君は持ってないの?」
それは、その……アレだ。
「火種がある傍に、わざわざ水素ボンベを持ってく阿呆もいないだろ」
「向田先生と里居さんのこと?」
「…………イエス」
いやまあ、水素ボンベなんてあるか知らないけど……。
作ればあるだろう、きっと。
「浩司も一緒のような理由だ。妹さんがいるからな」
「ふーん、男の子も大変なんだ」
「あぁ。……まあ俺に限って言えば、そういうのに苦労はないけど?」
宮野はえっと、なんて逡巡してから絞り出す。
「えっと、その……何で?」
フッ、なんて髪をかきあげて言ってやる。
良いか、この俺様を舐めるなよ。
「俺にかかれば、お前の服の下がどんな体なのか余裕で――ングゥッ!?」
ギリギリ、と口を押さえながら握りしめてくる、宮野。
いや、お前、握力強すぎだろ……マジで。
「余裕でぇぇぇええ!? 余裕で何かなぁぁぁああ!?」
「しゃぁせん! すぃゃせん! ――ぶはっ、すみません!」
解放と同時に、もう一度謝っておく。
けどな、俺なりの愛情表現アンド褒め言葉なんだぞ?
「例えば里居の裸を想像しても、別に興奮しないだろ?」
「…………いや、何でさ。里居さん、綺麗じゃん」
だって、胸、ないし。
なんてことは口には出さないが、代わりに俺は視線を宮野の一点に向ける。
「――――――ッ!?!?」
赤くなっていく顔。セクハラだ〜、なんて言いつつ俺から飛び退く。
「と、まあ俺は弄り甲斐のある宮野が大好きだ。
出来ればそのまま、里居みたいにならないように頼む」
うん、マジで。
あんなセクハラ魔人になるなよ、おい。
「だいたい、今日の議題とかそういうのあんの?
ちゃっちゃと球技大会の練習したいんだけど……」
と、そこまで言ったところで、扉が開き、姿を見せたのは見知らぬ女子。
校章の色からして一年。身長は俺よりも少し高いくらい。
里居と似たよーな体格、顔つきをしている女生徒。
「あー、藍原ってあんた?」
「「…………」」
その一言で、性格も里居みたいだと分かってしまった。
「おい。お前、一年だろ? なにタメ口で訊いてんだ、コラ」
「は? 知らない奴を勝手に尊敬できるかっつの」
ずかずかと座っている俺を見下しながら、近付いてくる一年生。
あー、なるほど。つまり里居の内に向いてる性格を外に向けたらこうなんのか。
「わーかった。で、何しに来たわけ?」
「ん? あー、用っつーか……ちょっと言いに来ただけ」
少しだけキョトンとした様子の少女。
ケンカ買うタイプじゃないなーこりゃ、なんて嘆息したあと――
――俺に人差し指を突きつけて、宣言された。
「勝手にご都合主義なルールにしやがって。
絶対にアンタにゃ負けないから首洗ってろ、女顔!」
ドドーン、なんて効果音が背景に現れそうなほど堂々と宣言された。
宮野は手で顔を覆いながら、馬鹿が増えたと嘆いている。
「…………良い度胸してるよ、お前」
だけど俺は、突きつけられた人差し指をグイ、と怪我しない程度に曲げてやった。
「そこまで言うからには負けないんだろーなァ!?」
「ア、アァ!? 当然だろ、アンタなんかに負けるか、チビ!」
「あっそ、じゃあ負けたら。お前は俺の奴隷な?」
「…………はぁ!?」
喧嘩好きの馬鹿なら逃げないだろ。
うん、帰宅部(はぁと)の新入部員も0人だし、ちょうど良い。
「喜べよ、お前は帰宅部(はぁと)の新入部員になれるんだぜ?」
「……ア、アンタなぁ」
「そして、パシリな。一生は可哀想だから一週間にしてやるよ」
優しいだろ? なんてウインクしながら決めてやる。
というか、何だよこの女。来て、喧嘩売って、それで終わりかよ。
「〜〜〜〜〜〜っ! アタシが勝ったら、アンタも同じ条件なんだよね?」
「おーおー、俺が負けたら、な。ってわけで帰れよ、馬鹿」
ほら、シッシッ!
「もう二度と来るか、クソ野郎!」
荒っぽく閉められる扉。
ホント、何だったんだよ、あの女。
「あの子、たしか一年二組の体育委員よね?」
「うあ? そうなんだ、一回戦の相手か」
僥倖だ。相手してやると言った以上、直接決戦が無いと燃えない。
「覚えてないの? 前、藍原君が提案出したときに反対した子だよ?」
「ん? あー……? そうだっけ?」
そういや、一人だけ反対していた奴がいたっけ。
それで、発案者と初戦になって燃え上がっちゃったわけか。
「女のクセに暑苦しい奴だな……名前、なんだっけ?」
「えっと、ちょっと待ってね――あぁ、あった。夏川春だってさ」
夏川春……熱いけど面白い子だから、親愛を込めて春ポンとでも呼んでやろう。
「というか、何で宮野は春ポンの名前知ってんの?」
「春ポンて、ちょっと……。ってまあいいや。ほら、役員一覧表」
ペラ、と見せてきたのは名前がズラ――――ッと並んだ役員表。
少し眩暈を覚えながら、一年二組の欄を見る……あった。夏川春。
「っは、里居以外にも楽しみな奴が出てきたな。
おし、宮野! 練習だ、練習! さっさと終わらして練習行くぞ」
「だから、最初から本気モードになってなさいよ、馬鹿」
そうして、生徒会役員が揃ったのは一時間後。
練習ができなかった俺は、正直、泣きそうだった。