――2008年5月22日――
「なー、宮野。俺さ、もうすぐ誕生日なんだけど……」
「……で?」
「プレゼント的な物、期待して良いか?」
「いや、絶対にあげない」
「お前、ケッコー酷い奴だな!」
いいから、仕事しなさい。と頭を叩かれる。
「仕事っつっても、何すんだよ……?」
「――知らない」
投げやりだな、おい。なんて頬杖ついて呟いていると、生徒会室の扉が開き、一人の女子生徒が入ってきた。
「…………」
「おー、ご苦労さん」
労ってやったにも拘わらず、後輩は俺へと一直線。しかも、この上なく不機嫌な表情。
「……買ってきてやったぞ。先輩」
「おいおい、最上級生に対して、その言葉遣いはないんじゃないか?」
手に持った缶ジュースを握りつぶしそうな勢いで激怒する少女。俺に対して、少し反抗的な態度を取るこいつの名前は――
「なぁ? 春ポンよぉ? 負け犬は負け犬らしく従順に吠えろよ?」
「――ク、グゥゥゥゥ」
ほら、どうした? なんて挑発をし、相手の反応を楽しむ――うむ、実に愉快だ。
「どうぞ、藍原…………せん、ぱい。頼まれた、ジュー、スで、す」
「どーも、どーも。悪いねー、いつもパシリに使っちゃってさ」
実際、少しも悪いなんて思ってないんだが……。なんて軽い調子でジュースを受け取ろうとした時、側頭部に連続的な衝撃を受ける。
「何を、馬鹿なことやってんのかな!? ねぇー、しかも後輩に!」
「痛い、イタタタタ! これは当然の結果だ、馬鹿!」
その言葉に、一瞬だけ力が緩んだ隙に、俺は宮野の攻撃から抜ける。
「あ、もしかして。この子が、喧嘩売ってきたって言ってた子?」
「おー、その通り。無謀にも一年の分際で喧嘩を売ってきて、挙句、逆転のチャンスでピーゴロやらかした奴。春ポンって呼んでやってくれ」
そう、球技大会のルール決めで唯一反対し、さらに当日の初戦で当たった敵チームの三番打者であり、今や――
「帰宅部一年の、夏川春」
「…………」
「そーゆーこった。帰宅部の新入生はこいつだけなんだけどな……って、」
無言で、再度のウメボシ。
「――――――ッッッ! マジで脳細胞がやばいから!」
「うっさい、自分の脳細胞なんてどうでもいいんじゃ、コラ――――!」
「うわ、関西弁モードに入った!?」
「……ふん、尻にひかれてるんだな、あんた」
「うっさい、馬鹿!」
なんて、半ば強引に宮野を引き離し、何とか鎮めてみる。
「で? 自分、何したんさ?」
「いや、春ポンが調子乗って俺にソフトで勝つ、とか言ってきたからな。じゃあ、負けた方は一週間、勝った方の言いなりになる。って提案したんだよ」
「じゃあ、私は……そんな邪な企みに力を貸したってことなの?」
オー、イエス。良く分かってんじゃねーか。
「ま、そんな訳で。今週中は俺のパシリなんだよ」
買ってきてもらったコーラのプルタブに指をかける。
「ちょっと、その書類。予算報告書なんだから濡らさないでよ?」
「分かってるって。そんなヘマ俺が――――――」
と、そこで思った。この生意気な一年が、コーラを大人しく買うか? いや、ほぼ有り得ない、と云っていい。しかし、俺は――思うのが数秒、遅かった。
「――のわァァッ!」
「……ぷっ、馬鹿め」
こうして、コーラの中身は開放。思いっきり振っていたのか、顔、制服、床、机、書類の至る所に液体が飛び散っていく。
「…………おい、そこの一年」
「ん? どうしました、間抜けな生徒会長」
――――上等だ、ここまで怒ったのは久しぶりだ。
「男みたいな面しやがって。てめぇ良い度胸してんじゃねぇ、か――」
と、その続きに品の無い言葉を叫ぼうとした時。背後から鬼の気配がした。
「おい、藍原。私、言ったやんな? その書類、濡らすなぁ言うたやんなぁ!?」
「ッッ、待て、宮野。今のはこいつがコーラを振ってたからであって――」
「うわ、女の子に責任転嫁するなんて、小さい野郎だな、先輩。あぁ、そっか。あんた、野郎じゃなくて、可愛い女の子だったっけ?」
「何言ってんだ、春ポン。何なら今からお前をぶち姦して、証明しても――」
「自分、女の子に何を言うとるんじゃ、ボケ――――!!!!」
――そして、宮野が完全にキレた。
生徒会室が半壊し、書類なんてボッロボロ。ついでに云うと、俺もかなりボロボロになってしまった……誰か、同情してくれ。
――夕刻、カラスが俺を馬鹿にしている気がしてならない。
「なあ、先輩。今回ばかりは、あたしも……少しだけ悪いと思ってる」
「いーや、俺も逆の立場ならしてたから、良いよ。俺が間抜けだった」
結論――宮野は怖くて、強くて、ヤバイ。
「そう言ってくれたら助かる。それと、これ」
俺は、軋む体に鞭を打って、それを手に取った。
「さっきのドサクサでコーラ、飲めなかっただろ?」
「……ありがと。金、払うよ」
と、ポケットの財布から小銭を出しながら言うと、少女はそれを断った。
「来週、誕生日なんだろ? それ、プレゼントってことで」
「…………」
何だよ、生意気ならそれらしく、嫌な奴でいてくれよ。兄ちゃん、涙が出るじゃないか。
「サンキュ」
俺は室内を一瞥してから、コーラのプルタブに指をかける。床は雑巾がけし終え、机を元に戻したので、後はコイツで終了だ。
ならば、冷たいうちに飲んでおこうと、栓を開け――――そして、
「おい、春ポン」
「ハハ、ハハハハハハハ! あんた、間抜けだなぁ、おい!」
髪から滴り落ちるコーラを一舐めする。
「うん、男前だぜ、先輩! コーラも滴るイイ男ってかぁ!?」
「カンッペキに切れたぞ、コラァ! って逃げんな、ぶち犯す!」
ヒャー、犯されるー。なんて言いながら室内を逃げ回る、夏川。畜生、マジでとっ捕まえて、何かしてやろうか……
「――蘭、何してんの?」
何て逡巡した時、背後から鬼の気配……パートツー。
「いや、春ポンに教育的指導を――」
「――さっき、何か変なことを叫んでたけど?」
睨みつけてくる眼光に耐えきれず、俺は夏川へと視線を移す。
「じゃ、命の練習が終わるころだし。あたしは帰る」
「って、おい! ちょっと!?」
気付いた時には、春ポンは既に消えていた。恐らく、陸上部へと向かったんだろう。
「なあ、里居美恵さん。俺は何も本気で言ったわけじゃないんだ。その辺り――分かるよな? いや、分かって下さい、お願いします」
「――それは、対応次第」
なんて、言いだす里居の右手には――――
「なあ、それ……前にも見た気がするんだけど」
「――うん、そうだね」
「気のせいか? 前よりも大きくなってないか?」
「――今日は、そこそこデカいやつを持ってきた」
里居の手には、ウィンウィンと唸りをあげる……物体。
「あー、その。俺はまだ、未成年なんで。そういう展開はちょっと……」
「――五月蠅い。浮気者にはこれぐらい必要」
「いや、だから。その浮気者ってとこから、俺とお前の認識の差が――」
そして、その一言は里居の一歩でかき消えた。
「――今日は、寝れないかもしれないね」
「待て、まてマテ待て、待てィ!!!!」
待てっつってんだろ、この馬鹿――! なんて叫びは里居の一言で霧散し、続く行動で、俺は色々と危ない精神的外傷を負う事になる。