――2008年4月――
「………うあ!?」
俺は、掲示板を見て驚愕した。
「――蘭だけ、別のクラスになってる」
「おいおい……マジかよ」
そう、幼馴染の二人と違うクラスになっている。いやいやそんなわけ――――って、ああ。そういうことか。
「――そういや蘭、“D判定”だったもんね」
「おい、マジかよ? あー、そりゃあ別れるかもなぁ?」
動揺しすぎて、ああそうだな、くらいの生返事。今春、俺はめでたく“D判定”になったわけだが――――
「あれ、お前らは違うのか?」
「――アタシは、元から“B判定”」
「あぁ、何でだろーなー? 俺が“C判定”食らって、蘭がDだぜ?」
「「――いや、それは当たり前だのナックルボール」」
しかし、何というか……激しく、鬱だな。
「まあ、頑張れよな。たまには、斎藤とそっちに遊びに行くぜ」
「――というか、部活も一緒だし。遊びに行くし、クラスとか関係無い」
………おい、目頭が熱くなるじゃねーか。何だ!? ヤバイ、コイツらってこんなに良い奴だったのか!?
クソ。心中で馬鹿にしまくっててゴメンな? ……特に、健太。
「って訳で、じゃーな。俺はこっちだから」
「切り替え……ハヤッ!!」
何だよ、テメェ。さっきのは演技だったのかよ!?
「――蘭、寂しかったら添い寝をしよう」
「いや、それは嫌だ」
健太にカチンときたから、キッパリと断ってやる。
少し涙目になり、肩を落とす里居をシッシッ、と追い払い、俺は教室に入ろうとした時、ノッポが俺の教室を覗き見つつ、言った。
「つーか、お前も災難だよな……高校最後の球技大会と体育大会は負け確定だもんな」
お? 何だよ、ヤる前から勝利宣言とは、イラッっときたぞ?
「女に全部背負わせてのうのうと勝った気になるなよ?」
「――同感、まあだからって負けるつもりはないけど。」
得意げに頬を緩ませている健太のどてっ腹を蹴り飛ばし、一組へと向かう。畜生、あのクソが。
里居と同じクラスになったからって、球技大会で――まあ、勝つよな? 普通は、あんな化け物いたら……。
二人を手で追い払い、三年一組の教室へ入り、瞠目。
「――――うあ」
……何だよ、このやる気がなさそーで、個性がないクラスメイツは。そして何より――
「んだよ、この沈黙破るのは反則ですよーみたいな、空気……」
「………」
コソコソと静かに囃し立てるクラスメイツ。陰口か、逃避か、それとも保留か…まあそんなのは関係無い。
思いっきり黒板を叩いて、教室内の視線を集める。
「いーか、お前ら!! 球技大会、絶対に勝つぞ。やる気あって、野球経験ある奴は前に出ろ、今日から特訓だ」
「え? 急にそんな事言われても……って、ウワ!!」
「何を格好つけてんだよ、ウゼー……いや、すみませんっした!」
好き放題に言う奴らを一人ずつ睨んで黙らせていく。
「只今を以て、このクラスでは俺が全指揮権と全責任を取る。てめぇらみたいなクズに任せてたら――――――ァァだッ!!」
ボフンと黒板消しが俺の頭を直撃する。ヒットマンの名前は、確か――――
「あ〜い〜は〜ら〜くぅん。何をいきなりクラスのみんなに喧嘩売ってるのかなァァ!?」
「いだいッ、それは痛いからだめだ、宮野!! いたいって!! ダダダ、ごめんなさぁい!!」
やれやれ、と俺のこめかみから両拳を離すのは宮野結衣。生徒副会長にして、ガチで真面目な女の子だ。
「で? 何で今の今から球技大会の練習するのさ?」
黒板に書かれた『打倒、二組!!』を消しながら、訊ねてくる。いや、消すなよ、雰囲気が盛り下がるじゃないか。
「さっき、二組の奴らが挑発してきた。あいつら、俺たちに負けるなんて、ほんの欠片も思ってねぇ」
おい、お前らそんなことされて、黙ってるほど大人しいのかよ!!
なんて、教卓を叩いて盛大に吠える――がしかし、返ってきたのは気の抜けた返事。
「いや、だって……なぁ?」
「二組って、里居がいるトコだろ?」
「アイツ、“B判定”らしいぜ?」
「うっそ、マジ!? 人間が勝てる訳ねーだろ」
みんな、負けるのが当然という返答。だから――
「ウダウダ、グチグチ、うっせ――――!!」
吠えて、俺は教卓を何となく蹴り飛ばした。
「所詮、里居だけのチームなんざ勝てるだろが!!
ソフトは9人もいるんだ、里居が100の力を持っていても――俺たちの全員が11の力なら勝てるんだよ!!」
蹴り飛ばした教卓を戻しながら、俺は勝てると宣言する。
だがしかし、それを冷静に受け止めた一人が言った――――
「……それじゃあ、99対100で負けるじゃん。
しかも、相手だって他に8人いるし」
「―――――――」
「…………」
しばしの沈黙。俺は教卓を立て直すと、チョークを手にとって投げつけた。
「細かい事は気にすんなや、コラァ――――!!!!」
「「えぇぇぇ!?」」
折り重なる驚愕の声、チョークを額に受ける、男子生徒。それに、そもそも――と、真面目に思案する宮野。
「――――藍原君さ、忘れてない? ここは特進クラス。みんな、運動出来ない奴ばっかりだよ?」
いや、忘れてたとゆーか、何つーか。
「……んなの、知らなかった」
そーか……だからあいつらと他のクラスになったのか。
「あれ? って言う事はもしかして二、三、四組のやつらに結構――」
「そ。陸上、サッカー、バスケ……その辺の子はそっちに固まってる」
「そーか。つまり、そんな状況で勝てば、スゲェってわけだ」
いや、どういう思考回路してんのよ、アンタ。なんて嘆息しながら呟く宮野の頭を撫でながら、黒板を叩く。
「たかが球技大会だが、俺は勝ちたい。勝って斎藤と健太に土下座させ、里居を弄び、跪かせてあいつらの慟哭を聞きたい。
負けて悔しがるあいつらの顔を一番近くで見たいんだ!!」
さあ、お前ら。頼むから協力してくれ、と。
そんな必死の懇願に対して――――
「「いや、それ。かなり最低の理由っスね!?!?」」
なんて言った奴等がいるもんだから、特進クラスは困りものだ。
「……それが普通でしょ」
なんて言う宮野の頭を撫でながら、俺はこの日から活動を始めた。
「で? 何でソフトボール持って生徒会に来てるのかなァァァ!?」
「勿論、球技大会で勝つためだ」
「それは、放課後、クラスの、みんなと、やり、なさい!!」
こめかみをグリグリする宮野にタップして、許しを乞うと、どういう訳か、簡単に解放してくれる。
「藍原君? 当面の課題は入学式よ?」
「分かってるさ、だからこうやって居残りして考えてんだろ」
「うん、それはそうね。その考えは褒めるわよ? ただし――――」
ギラリ、と宮野の眼光が輝きを増す。……こぇぇ、なんて口には出さないけど、怖い。
「三時間経ってるのに、何で一文も考えられないのかなァァァ!?」
「ヒィィィィ、すんません。すんませんシタ!!」
十時から初めたというのに、日は完全に高くなっている。腹が減って、力が出ない。なんてゴネないが……。
そう、何というか――雑念が入って、考えが纏まらない。
「って、あ!! 宮野、凄いの思いついた」
「……何?」
「こう、投げる時に慣性だけで投げれば回転がかからないから、ナックルみたいな変化になって、バットの芯を外すかも」
「……で?」
「ちょっと、外に出て投げてくるわ――って、アダダダダ!!」
「それ、は、明日、に、しな、さい!!」
再度、ウメボシから解放され、少し真面目に言う。
「挨拶くらい即興で出来るさ。それに、宮野まで残る必要は無いんだろ?」
「う、いや……そうだけど、さ」
「まぁ良いか……少しは真剣に考えるよ」
「――最初から、そうしなさい!!」
ふぁい、と欠伸しながら返答し、作業にかかる。入学式、期待に胸を膨らませる新入生に……俺はどう言うべきか。
「――――良し、出来た」
「……やけに早いわね。はい、タイプしていく!!」
「んー、分かった」
カタカタとPCに向き合って、数十分。俺は宮野の了承を得て、ようやく帰路についた。
「で? 何よ、これ?」
「見て分かるだろ? レモンスカッシュ」
「いや、そーなんだけど……」
「迷惑掛けたしな。あぁ、別に気にするなよ? 自販機のポイント、貯めてんだよ」
はぁ、と曖昧に頷いてレモンスカッシュを飲み干していく。
「――――ッッ!?」
「いや、それは一気飲みしたらマズいだろ……」
「ゲホ――クホッ」
「宮野……お前、実は馬鹿だったり?」
「しない、わよ!!」
そうして、眼鏡の似合いそうな真面目サンは臍を曲げて帰ってった。