――三月初旬、春休みが間近に迫った時期。
「また、な〜〜つがお〜〜〜っわる〜〜〜〜っ♪」
「「ゆれるー、ふ〜〜〜りんの〜〜〜おと〜〜〜〜〜♪」」
本来ならば学校は休みなのだが……妹に連れられ、受験の結果発表へと訪れていた。
自己採点では、高得点だったようだが……不安もある。
定員割れも危ぶまれていた高校だが、何があったのか今回ばかりは競争率三倍と、
凄まじいモノになっていたのである。
「って、おい。クソ兄。あ…………アレ」
ぴたり、と行儀悪く指差した先には――藍原蘭。
「何で、あの人がいるんだ?」
「…あぁ、何でだろうな?」
何だよ、ラッキーじゃないか? なんて軽い口調で返す。
「バ、馬鹿がっ!! ヤバい、ヤバいぞ!! メディーコ……メディ―――コ!!!!」
なんて、咄嗟に取りだした鏡を見ながら、髪をワサワサしている。
――と、言ってる間にも、音響兵器がやってきた。
「それを、ウ〜〜〜ソ〜〜〜〜と〜〜〜、うた〜〜〜〜うなら〜〜〜!!」
「………相変わらず酷いな、お前の歌」
ピアノは上手い癖に、何でこうも音痴なのか。
「ウッセ!! 俺のはソウルがあるんだよ!!………きっと」
そして、本人がそれを自覚しつつも歌うとこが凄い。
そこに痺れる憧れ………ないな、ねーよ。
と、どこかに頭痛を覚えながら問うてみる。
「まあ、それよりもお前。どうしたんだ? 今日は休みだろ?」
「ん? いや………ちょっとな」
歯切れ悪く、明後日の方向に眼を逸らしながら蘭は答えた。
その手には、いつもの鞄。そして、その中からは本来あるはずだった体育の用意。
つまり、体操服である。それをちらりと確認して、得心した。
「つまり、間違えて来てしまった……と?」
「ほんーきだ〜〜から〜〜〜、いたみを〜〜〜〜しる〜〜〜のでしょ〜〜〜〜!!」
……あ、逃げた。そして音痴だ。
「って、そういやお前の妹さんは受けてたんだっけ?」
どうだ、受かってるか? なんて言葉を聞き、
俺は、いつの間にか合格発表が三階の窓から掲示されている事に気付いた。
「あぁ、受かってるみたいだな……って本人はいないが」
そして、佳奈美もこれまた、いつの間にかいなくなっていた。
全くもって、乙女心は度し難いものである――
――――そんな一年前の出来事――――
「凍りついた、月明かりに抱かれ儚く踊れ♪♪」
「「かなしき〜〜〜アクセス、こわれた〜〜〜エンドレスッ♪」」
「発表前に何を歌ってんのよ!!」
「――うっさい」
「あぁ、ごめんな宮野。コイツはちょっと気難しい奴でさ」
「ま、まあそれは知ってるけど」
初対面で殴られかけたし、とボソボソ続ける。
「――蘭、アタシ帰る」
「おう、車に気を付けて帰れよ」
「…………」
ガラリと、扉が閉まる音。
「藍原君、今のは引き止めた方が良かったんじゃない?」
「いやだなー、あの程度で凹むほどヤワじゃないよ……アイツは。
というか、行ったら宮野が困るだろう?」
「そうだけどね? 女の子は繊細なの。
アレで交通事故にでも遭ったらどうするのよ?」
「あぁ、そりゃあ困った事になるな」
「そうでしょう? だったら早く――――」
「――――壊れた車、誰が弁償すんだろ?」
「え!? そっちなの!?」
「まーそうだな。これは、実際にあった話だけどな?
MTT・タービン・スーパーバイクってバイク、知ってるか?」
「あぁ。昔、ニュースでやってるのを見たことあるよ?
何か、凄く速いバイク……だったっけ?」
「そー、最高時速四百二キロ。
僅か十五秒で、時速三百五十キロ以上にまで加速する化け物マシンだ」
「げ、新幹線より速いじゃん、それ」
「そして、その走行を横から片手で受け止めるのがアイツ。
さらに言うなら、乗り手もバイクもほぼ無傷。物理的にあり得ねぇだろ?」
「……冗談にしてはイケてないわね?」
「そりゃそうだ。ノンフィクションのお話だからな」
深く、椅子に腰掛けて天井を仰ぎ見る。
「っと、もう時間か……」
「あれ? もう? やば、喋りすぎた」
「そんなモンで良いんだよ。何なら、教師が来るまで焦らすか?」
ハァ、なんて溜息をつく。
「貴方は、どうしてそう不真面目なのかなぁ!?」
「痛ッ、いたい!! ごめんなさいッ!!! 許して!」
「じゃ、真面目にするわよ?」
「………はい」
しかし、何かしたいなー……シュタイナー、フェリックス=シュタイナー。
「親衛隊大将は関係無いわよ?」
「――――何で心の声が分かんだよ」
いや、何となく。なんて、呆れたような声と同時。
俺たちが掲示した合格発表に、悲喜こもごも多数の声が上がる。
「さて、と。後は帰って良いんだっけか?」
「そ。だからってそんなあからさまに嬉しそうにしないの」
「早く帰って寝たいんだよ」
「あー、そーですか」
「…………」
そして、俺はジロリと宮野を見つめて――
「な、何よ?」
「よし、一緒に寝に行こうか。ほら、ちょっと行った先に――――ィッ!?」
――ガシリ、と口を塞がれる。
「行った先に………? 何があるのかなぁ?」
まあ、そんな具合にフラれたもんだから、
「――いや、何もないです」
すんません、と肩を落として帰路についた。