ベッドに潜り込んで、約二時間。ようやく蘭が目を覚ました。

 



「……んっ」


――とはいえ、早起きと言える時間帯だろう。

時間は六時前。入り込んで来る冷気が覚醒させたのだろうか。
蘭の掛け布団は薄い、夏用のモノ。それでは風邪をひくかもしれない。

そう、だから私がひっつくのもある種、当然であり、私のやさしさだ。

「っ、また中途半端な」

モゾモゾ、と蘭は布団から亀のように顔を出して時計を確認する。
そして逡巡の後、私に擦り寄ってきたので――

「――蘭、そんなに私が恋しいのか」

つい、そんな事を口走ってしまった。

「……」

「うん、私もそう思ってた。でも、蘭…。昨日は可愛かったよ」

「……」

蘭の顔色が、見る見るうちに青ざめていき――

「ふふふ…。さぁ、お姉さんに全てを任せて」

――――――!!!

ガバ、と抱き付く私を回避、ベッドから離れる。
視線は私の衣服、ベッド、そして自分の下半身へ。

その一通りの行動で、考えは大体読める……まあ、有り得ないことだけど。


「…いや、付き合ってるなら、そういう事もあるだろうけど」

 

と、そんな事を自分で思うのなら良いが、他人に――

――しかも、相手に言われると腹が立つものである。


「…付き合ってないの!?

「…誰と?

「私と」

「誰が?

「蘭が」

「何で?

「蘭が可愛いから」

「だから?

「襲っちゃった」

てへ☆ とウインクしながら自分の頭を叩く。

――が、ウケは良くなかったらしい。蘭はしばし絶句し……


「まじかよっ!?

―――――まじだったら良かったよ!!!

いかんいかん、逆ギレしてしまった。
と、蘭は再び衣服を確認。

『…寝る気も失せたし、往くか』

そんな声が、聞こえてきそうな気がした。


「何所へ?

「河原だよ、ランニング」

「………」

本当に、何処かへ行こうとしてたらしい。

だが――――ランニングか。

―――――っ、どうしたんだよ」

「何キロくらい走るの?

苛立ちが声に出る。

私は美恵ほど、自制できない性格だから――危ない。


「あまり走らないよ、健康の為だからな…。
まあ、二、三キロぐらいだと思うけど」
                   
、、、、、、
あぁ、そうか。つまりはあの時と同じ、二重存在。

しかし、それでもその体は既に――――


「……………そう、結構頑張るんだ。その体で」

――――?

空いたままの口が塞がらない。

蘭にしては珍しい、ひどく無防備な瞬間。


「あぁ、いやなんでも無いよ。小さいのに頑張ってるから驚いただけ」

きっと、言ったところで理解できないだろう。

いや、もしかするとそういう言葉にフィルターをかけられてる可能性もある。


「いや、お前知ってるだろ…? この前、メモに書いてたし。
ってか、お前。もしかしていつも監視してるのか…?

「………………」

つまり、今の時点では何を言っても無駄、ということか。

あまり揺さぶるのも危険、と判断する。


「おい、黙るなよ。そこで」

―――監視じゃなくて、守護」

…まあ、嘘だが。

「それと、メモとかそんなの知らないよ」

「嘘つけ!!! お前、自分で見せただろうがっ!

「…忘れた」

――――
まぁ、嘘だが。

「じゃあ、私は家に帰るから。また学校で」

そう言い残して、部屋の窓から出て行った。


 

 

 

「しかし、あの蘭が健康に動けている、ということは……」

 

――そう呟いた瞬間、視界の端に黒い幽鬼を見た気がした。

 

 

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