彼が寝ると、カレは起きる。
彼が起きていても、カレは起きる。
同時に、同じ世界で存在する二人。
だが、交わることの無い二つの存在―――それはコインの表裏。
表は藍原蘭。天の邪鬼で、少女じみた容姿を気にしている少年。
裏は藍原蘭。偽りの形成者を自称し、吸血鬼じみた容姿の少年。
一年前、この町に現れた災厄を塵芥に帰した災厄。
ま、俺にとってはどうでも良い事なんだけどね?
「でよ、夜な夜な男を誘惑して食べるわけだ。」
「性的な意味で?」
「モチのロンで親満12000。でさ―――」
「おい、まだあんのかよ?」
「当り前だのナックルボール。うーん、蘭だからな。
よし、小悪魔で萌えーな性格―――という設定はどうだ?」
「いや、たかが仮想にそんな裏設定はいらんっ!」
一喝、斎藤の自作衣装(ミニスカ魔女)を見るなり、嫌悪感を露わにする蘭。
近付いてくる斎藤から逃げようとするが、俺と斎藤はアイコンタクトを計る。
「蘭、おとなしくしろっ!」
後ろから蘭を羽交い締めにし、前からは斎藤が服を着せようと忍び寄る。
斎藤も俺も蘭よりは遥かに大柄だし、その拘束を解くのは不可能、なはずだ。
「〜〜〜〜〜っ!」
………携帯の一部分を改造しているんだろう。
里居の連写は無音で行われた―――が、蘭はそれに気付くや否や、消せ、と叫ぶ。
まあ、しかし相手が悪かったのだろう。里居は少し頬を染めると、
「蘭………萌え」
里居が邪魔をしないとなると、いよいよ蘭も滝のような冷や汗をかく。
衆人環視の中で、斉藤が蘭のベルトへと手をかける、その瞬間。
「来っっるな!!」
「グフッ」
蘭は右足で、強烈に斎藤の顔を蹴り上げ―――
俺が捕らえている腕を支点にし、クルリ、と回転する。
―――まずい、まずいぞこれ。
蹴りの威力は決して小さくはない。加えて俺の腕は先とは逆の形。
言わば、蘭に捕らえられている、というところか。
ガードも出来ず、サッカーのオーバーヘッドさながらの体勢。
「それっ、冗談にならなっ…」
ガツン、と頭に杭を打ち込まれたかのような衝撃。
倒れる刹那、どこかで悪魔が笑っている気がした。
―――そして、俺が次に目を覚ましたのは放課後だった。
SHRが終わったばかりなのか、クラスメイトはそこそこ残っていた。
その中に、腰まである黒髪を見つける。
「蘭、てめぇー。思いっきり蹴りやがって……意識飛んだだろ!!」
蘭は不機嫌な顔で俺を一瞥すると、里居と教室を出る。
うわ、アイツ。謝罪も賠償もしないんだな。
………まあ、それもそうか、とは思わない気もするが。
納得したかのように頷くと、蘭たちの後を追って教室を出た。
少し小走りになる形で、蘭と里居に部室前で追いつくと、
里居も蘭も俺を無視し、部室に入る。
「先輩、蘭がコスプレしない。」
……あー、そうね。お前はそういう奴だな。
だけど、それなら手伝ってくれれば良かったのだが……。
大方、他の奴等に見せるのが嫌、だとかそんな理由だろう。
帰宅部名物の双子は蘭を凄い勢いで睨む。
それは言外に―――『まじかよ、信じられないぜ』と言ってる。
うん、間違いなく言ってる。心中で繰り返すと、俺は椅子に腰を下ろす。
「いやいや、そんな『まじかよ、信じられないぜ』みたいな顔で睨むなよ。」
「「あぁ??」」
蘭が強烈な視線を浴びて怯え、俺は微かに幸福。
うん、他人の不幸は蜜の味。これは万人共通。
―――だが、次の一言で怯えるのは俺になった。
「って、柳野が呟いていました。」
その、一言。
「「ほう?」」
「いや、遠いだろ!
聞こえないだろ!普通は。」
「そんな位置設定は無い。」
蘭の冷徹な突っ込みが入ったところまで。
その次の瞬間から、俺は二度目のフォールンダウン。
「さて、帰るぞ。柳野」
ガシガシ、と俺を乱暴に蹴り起こしたのは藍原蘭。
時間にして五分、といったところか。部活動にしてはかなりの早退だろう。
「私も帰る。」
いつものように、里居ももれなくついてくる。
三人とも、約二十分程度の道のりを自転車ではなく徒歩で帰る。
それは、とても新鮮な光景。
「しかし、蘭がコスプレをしないと盛り上がらなかったな。」
それが嬉しくて、俺の口もどんどん軽くなる。
「いや、断るから良い。なぜなら蘭はツンデレだから。」
―――だから、そんな一言を言ってしまった―――
「しかし、蘭もアレだよな。
去年は普通にコスプレしてくれたのにな〜。」
「きょ、ねん?」
その言葉に、蘭が―――いや、俺たちが硬直する。
「っ、蘭! 大丈夫!?」
里居が近づくのを強引に阻止する。
何故なら、こいつは里居江利加。
、、、、、、、
蘭の知っている、里居美恵じゃない。
「あっ、く……ぅぁ。」
「蘭っっ!!!」
兎に角、赤信号の交差点で止まるのはマズイ。
叫び声に等しい声量とともに蘭を引きずる。
「っ。ぁぁっ。」
そして、俺は、不意に、黒い、災厄を、見た。
―――交差点には、小柄な少年。
彼を引っ張るのは一人の少女。
交差点で、死角からトラックが曲がってくる。
二人とも見えていない。運転手はブレーキを踏む。
間に合わない。少年は少女を突き飛ばす。
トラックとの距離は1mほど。
きっと、間に合わない。少年はその状況でも考える。
そして、意を決したかのようにトラックを見据え、
腕を交差。後ろへ飛ぶ。急ブレーキするトラック。衝突するトラックと少年。
後の光景を予測したのか、眼をつぶる運転手。
吹き飛ぶ少年。少年は大きく吹き飛び、着地。
駆け寄る友人たちに無事だと告げる。
しかし、少女のような少年は刹那の後に―――運転手を―――。
「という設定はどう?」
「「シリアスな雰囲気になっただろうが!!」」
俺と蘭で里居にツッコんだ後、別れる。
「あぁ、今回も世話になったな。」
「なりっぱなしじゃねぇかよ、クソが。
そう簡単に何回も地雷踏まれたら、いくら俺でもカバーしきれないぜ?」
「あー、そうだな。すまん、今回は軽率だった。浮かれてたよ。」
「全く以て、その通り。んじゃあな、俺はもう逝くわ。」
「んだよ、つれないなー。」
「ハッ、“あっち”で面白い奴に逢えてな―――。
俺も、頑張らないと……とか思うわけよー。」
そうか、と引きとめずに別れる俺も、薄情なのだろうか。
二人の蘭とは別方向の分かれ道。
俺は溜息を一つ、そして顔を上げて―――自宅へと帰っていった。