蝉が鳴き止み、姿を見せなくなりつつある時期。
夏休みの課題なんてモノはもちろんスルー。
こっぴどく説教され、新学期早々に赤点が確定したと思う。
―――ともあれ、今すべきことは文化祭の練習だろう。
我が校の文化祭は二日構成であり、初日はクラスの出し物など、
体育館を使っての行事があり、二日目は模擬店など、
駐輪場・教室・中庭を使った事をしている。
二日目になると、学校外の人達も招き入れて、中々盛大に行われるらしい。
さて、アタシのクラスである一年三組は、初日は演劇。
二日目は、視聴覚教室でお化け屋敷をすることになっている。
練習、というのは大半が演劇のもので、
お化け屋敷は適当にその場のノリで驚かせればOKのようだ。
演目はシンデレラ。
シンデレラは蘭でアタシが王子。
―――尤も、最初は斎藤が王子だったのだが……実力で奪い取った。
「ちょっと、シンデレラ!!
たこ焼きに入ってる天かすの量が少ないですわよ!!」
「こら、シンデレラ!!
満月×ンが無くなっていますわよ…オホホホ!!」
すみません、お姉様―――蘭は俯きながら裏声で言う。
ぶっちゃけると、文化祭の演劇なんかテキトーで良いのだ。
「はっはっは、この魔法使いの手にかかれば、
そこのかぼちゃが馬車へ大変身。さあ、お行きなさい!!」
ストーリーは特に何の変更もない。
虐められていたシンデレラが舞踏会に行って、
靴であーだこーだなって、最後はめでたしめでたし。
銃器アクションも、ダイイングメッセージも無い、
………つまらないお話。
「いけないわ、早く0時になれば、このドレスが―――!?」
舞台を走る途中、蘭が履くガラスの靴が脱げてしまう。
「しまった、わたしの靴が!?」
「あぁ、この靴は彼女の―――。」
と、本番前最後のリハーサルは滞りなく終わった。
―――そして放課後。帰宅部が揃いも揃ってまったりしていると、
ステレオ姉妹が思いついたように顔を上げた。
「「……ってわけで、帰宅部(はぁと)で、何かしたいねぇー。」」
「メンドくさ―――ガビャッ!!」
最初の犠牲者は、柳野。開けた口の中に筆箱を突っ込まれる。
「…。」
「……。」
そして、そんな光景を見たものだから…先輩と蘭は揃って口を閉じる。
その辺りのチームワークはすこぶる良い。
「―――何をするか、くらいは聞いてやっても良い。」
滝のような汗を流しながら蘭は苦笑する。
年上に対する口のきき方とは思えないが、彼らしいと言えばそうなのだろう。
「「メイド喫茶♪」」
「…。」
「……。」
「―――。」
瞬間、空気が凍った。
それは数十秒で融け、蘭がどもりながらも声を出す。
「あ、その。なんだ? つまり、お前らがメイドの格好する、のか?」
「……。」
「―――。」
そして、また大気が凍る。
パキリ、とウイスキーにロックアイスを落としたように硬質な音。
ステレオ姉妹が息苦しそうに喘いで、蘭を睨みつける。
「「―――あんた、それ。本気で言ってんのかい?」」
いや、本気に決まってんだろ、と言い返すが。
蘭自身、どことなく何かを察しているみたいだ。椅子を引いて、逃走態勢になっている。
「あはは、藍原クン以上にメイド服が似合う子なんていないからね。」
「―――じゃ、俺は竹島に行ってくる。」
秒にも満たないその瞬間で椅子から腰を上げ、しゅた、と手をあげて逃走する。
「「待てや、この野郎―――!!」」
声を荒げながら蘭を追いかけるその手には、メイド服。
「野郎にそんなモン着せるな―――!!」
蘭も声を張り上げて、走っていく。
彼らの距離は縮まず、広がらず―――ダダダ、と校舎を出ていった。
「はぁ……藍原クンって足速いねー。」
「―――いや、火事場の馬鹿力ってやつだと思う。」
うん、そういう時の蘭はマジで速いのだ。
ほら。ナマケモノだってメチャクチャ素早い時があるじゃないか。
「くそ、ギャグじゃなかったら死んでるぞ、おい。」
「……。」
「―――。」
「あ? 何だ、お前ら…って、グバァッ!!」
寂しかったので、柳野に拳を一ついれてからアタシは帰宅することにした。