夏真っ盛り、気温は30度を常にキープをしているという時期。
「「やってきました。青い海〜〜! はぃ、拍手〜♪」」
「わー、パチパチ。」
アタシたちは全員で海水浴に来ていた。
そして、海の定番と云えばスイカだろう。
「……おいしい。」
アタシは、手刀で割って適当に食べる。
塩とかそんなものは上等のスイカにはいらないと思う。
「美恵ちゃん。その食べ方は色々と間違ってるから! いや、私は別に欲しいんじゃなくて…」
差し出したスイカを拒否しつつも、アタシに難癖つける難敵。
その水着は、性格とは裏腹に大胆なものだ。
まあ、ステレオ姉妹に決められたのだろうが……気に入らない。
「―――プププッ!!」
気に入らないから、三連発でスイカの種をかける。
―――ええい、この難敵め。
そのご自慢の身体にスイカの種を植え付けてやる―――!
キャー、と可愛らしい悲鳴を上げながら逃げる難敵。
「―――。」
保護欲を誘いそうなそれにさらに苛立ち、スイカの種を飛ばす。
―――ふはは。この攻撃に耐えきれるか、馬鹿め。
追い詰め、更なる爆撃を浴びせようとした刹那―――
「って、和んでどうするっ!!」
柳野健太の大きい声が、聞こえた。
恐らく、他の観光客にも聞こえたのだろう。
柳野は視線を浴び、すこし恥ずかしそうな素振りを見せると、
蘭に小声で話しかける。
―――と、蘭は視線をずらして周囲の人間へと目を向ける。
それに合わせるかのように、柳野。
一瞬でその表情が翳る。
と思いきや、いきなり明るくなって蘭に顔を近づける。
―――って、顔の距離が近いすぎるんだよ、あの野郎。
と、柳野健太を睨みつけた時、気付く。
「「オラ―――!!」」
「いやいや、このチーム編成はおかしいって!!」
いつの間にか、難敵―――田崎沙梨もビーチバレーをしていた。
ふふふ。そうか、ならばアタシが叩き潰してやろう。
屋台で都合5個目となるスイカを買うと、アタシは先輩達に駆け寄った。
―――略―――
「あれ?藍原クンたちは?」
息を切らしながら難敵は視線を周囲に向ける。
―――確かに、先刻まで柳野と話していた蘭の姿が無い。
ついでに、柳野も消えていた。
「「あぁ。蘭がさ〜、前に屋台のバイトを申し込んでたみたい。」」
と、そこへステレオ姉妹が返答する。
「へえ? こんな所に来てもバイトするんだ。」
「「ん〜、まぁ、蘭が売り込んだら、絶対に客が来るしね。男女問わず。
あ、あっちの焼そば屋だったと思うよ。」」
アタシ達はある屋台に目を向ける。
この海水浴場の中で、一番繁盛している焼きそば屋。
―――確かに、微妙な身長の誰かと、蘭がいた。
「…ねぇ。屋台の店主とかはいないの? どう見ても藍原クンと柳野クンだけだよね。」
、、、、
「「あぁ。店主が急な用事で無理になったみたいだよ。蘭が言ってた。」」
「……。藍原クンって結構ワル?」
「「まぁ、店主がいれば、客の女の子に手を出せないからね〜。ん?どったの?美恵っち。」」
「……結構、繁盛してるね。」
そう、繁盛している。というか、丁寧すぎる接客をしているために回らないという感じだ。
それに気付いているのか、いないのか。
「「まぁ、蘭だしね。」」
―――そう、蘭が売るならば例えどんなモノでも買うだろう。
だから、繁盛しているのは当たり前。
むしろ、あの客層―――黄色い声の女子軍団。
「……蘭、客の女の子に手を出すのかな?」
それが、気がかりだ。と吐き出す疑問に―――返答。
、、、、
「「まぁ、あれでも青少年だしね。」」
「……………。」
――――――許さん。
「美恵ちゃん! スイカを握りつぶさないで!
普通に怖いから怖いから!! というより、何で、片手でそんな事が出来るの!?」
そんなの―――何十年も前から決まっている。
「―――愛の力。」
「「…………歪みすぎだろ、ソレ。」」
それは、ステレオ姉妹にしては珍しい、苦しげな返答だった。
―――略―――
とまあ、色々あったがそんな一日にも終りが来る。
ステレオ姉妹は、電車の中ですやすやと寝息を立てながら指相撲をしている。
―――遊び疲れたのだろう。田崎先輩も、眠そうだ。
っつーか、あの先輩。何気に蘭の右隣りだ。
……そして、左隣は柳野。アタシは姉妹の隣。
―――畜生。柳野も先輩も、いつか潰す。
兎にも角にも、アタシと蘭の最寄り駅に着く。
それじゃ。と先輩に挨拶をし、三人で電車を降りる。
改札口を出て早々、疲労感が全身に押し寄せて来たのか。
柳野は腕をだらりと下げる。
「…疲れたなぁ〜、蘭」
「……まぁ、それだけの収穫を得たわけだが。」
「……お前はな。」
「お前だって、それなりの数だろ。」
……アタシには関係のない会話。
それは言外に、アタシを拒絶している。
―――まあ、柳野と話すことなど無いが。
歩いて5分もすれば、アタシは蘭と二人になる。
……いやアタシは蘭の2歩ほど後ろを歩いている。
蘭も、アタシが気になるのか、ちらりと顔をこちらへ向ける。
―――そこへ。
「―――蘭。」
久しぶりに、本当に久しぶりにアタシはその名を呼ぶ。
振り返るその瞳は髪と同じ、黒。
それに少し引き釣り込まれそうな感覚がする―――が、
とりあえず、これが一番大事だ。
「ん。」
右手を差し出す。
携帯を貸せ、と意味を含んだそのジェスチャーに―――
「……ん。」
蘭は握手をしてきた。
―――少しの間、その感触を堪能し、グイとその手を引く。
「――――――え? え? えぇ? ちょ、お前どこに手をっ。」
蘭のスボンのポケットを探り、携帯を取り上げる。
アタシが思うに、そこには恐らく―――
「え? え? えぇ? それ、俺のだぞ?」
「――――――知ってる。新着メールが20通も来てる携帯。」
ビンゴ。そして、それは―――
「……恐らく、全部女の子から。
それも今日、口説いた人たち。」
一瞬、嫌な顔をするが、それもまた可愛い。
「…だから、何だよ。
俺だって高校生なんだから、女子とメールしたって……っておぃ、見るなよ。」
『―――知るか、アタシ以外の女子
―――いや、できれば男子も―――とはメールをするなッ!!』とまでは、さすがに言えない。
言えないが、ムカツクから消してやる。
「―――from:栄子 subject:(non title)……消去。件名くらいつけろよ。
―――from:良美 subject:来週空いてる? ……消去。空いてない。
他、18名。消去……拒否リストに登録。ロック番号変更。アドレス帳からの消去、完了。」
…蘭の携帯のロック番号なんて分かっている。
0526―――蘭の誕生日だ。それを、アタシの誕生日に変更する。
「おぃ、さと……ムグー。ンガァー。」
「―――蘭。」
ギュウ、と絞めあげていく。むしろ、解放したら色々と負けだろう。
一応、アタシは女の子なので、蘭は男の子だ。
これだけ抱き締めれば、劣情を―――あぁ、いや、蘭にそれは似合わないかも。
「ケホッ。カハッ。」
そんな事に気付いたものだから、少し抱きつきを緩める。
しかし、蘭に触れたのはいつ以来だろうか―――。
「―――蘭。」
そういえば―――最期も、アタシは後ろから抱き締めていた。
バイクに二人乗りしていて、風圧に吹き飛びそうになりながらも、
アタシ達はしがみついていた。蘭はバイクに、アタシは蘭に。
と、少しシリアスな事を考えている内に、今の状況に気付く。
「―――ハァ。」
周りを見る―――誰もいない。
住宅街だからだろうか。休日の夕方には車も見えない。
「…ハァハァ。ゲヘヘ。」
これは―――所謂一つのビッグチャンスというやつでは!?
「これは…お仕置きだね。私以外の人からメールを受け取ったんだもの…フフフ。」
す、と蘭のヒップに手を伸ばすが、それは空しくも弾かれる。
「いや、お前のアドレス知らないし!ってか、俺の自由は!?」
「大丈夫……その内、痛くなくなる。むしろ、ねだってくる。」
『……何を!?!?』という蘭の心の声が聞こえてきたから―――
「――――――ナニを。」
―――突っ込んでみた。
しかし蘭はその一言にマジで危機感が爆発噴火状態。
ビクゥ、と音がしそうなくらいに体を緊張させ、アタシから距離を取る。
「―――――次はどこへ突っこ……て蘭。逃げない。」
「普通は逃げるわ!! じゃあな! バイバイ。」
少し怒りつつも、挨拶は忘れないあたり、ツンデレだ……と思う。
いや、その辺りはまだ分からないが、いつかデレを見せてくれるだろう……。
家へと帰る蘭の速さは、かなりのもの。色々と、必死なのだろう。
だが―――
「あ、うん。バイバイ…って、逃げられた……。」
―――その事実に気付いた瞬間、アタシは一息で跳び上がる。
塀を踏み台にして、どっかの民家の屋根に着地すると、そこから蘭の部屋へ一直線。
きっかり、10秒で蘭の部屋の窓を開け、中へと入る。
―――それと、同時に。
「―――うあ!?!?」
―――蘭がその部屋へ入ってくる。
アタシは慣性を止められないまま、蘭へ突貫。
その勢いで、蘭の部屋から廊下へと転がる。
「―――ぐおぉぉ。」
「―――ッ!!」
蘭はアタシを抱き締めるようなかたちで衝撃を逃す。
「―――捕まえた。」
蘭はアタシを庇ったのだろう。
必然的に、アタシは蘭に馬乗りになる。
舌なめずりをして、蘭の腕を拘束しようとした、刹那―――
「危ないだろ、この馬鹿!!」
と、蘭は怒ってアタシにチョップ。
「―――痛い。」
「痛いのはこっちだ。この馬鹿!!俺が避けたらどうしたんだよ!」
いや、避けられたら、体を180°回転させて、廊下の壁で勢いを殺すつもりだったが。
そんな反論は許さない、蘭。
チョップの後、頬っぺたを抓られる。可愛らしい攻撃だが、かなり痛い。
「大体、お前は―――って、ぅぁ!?
ど……どどどど、どこ触ってやがる、この、変態ッ!」
ビックリしたのだろうか、頬っぺたから手が放れる。
「―――どこって、ほら、ここ。」
「――――――!?!?」
「―――それとも、口には出せないのかな?
何を想像しているのか、しらないけど。蘭のが変態なんじゃない?」
「―――ッ!!」
「―――フフフフ。さて、嫌がらないのなら続けようか。」
「嫌が―――ってるわ!!!」
アタシを突き離すと、ザザザザ、と引いていく―――物理的にも、精神的にも。
はぁ、と溜息を一つ。これ以上の深追いはマジで蘭がキレかねない。
だから―――
「―――バイバイ。」
シュタ、と手をあげて蘭の部屋から飛び出していく。
そして、今さら気付いたのか―――
「―――つーか、土足で人の部屋に上がるな、馬鹿ァ―――!!」
と、男子にしては高い声が、鼓膜を震わせた。