―――価値観を形成するのは、自分では無い。
無論、それは土台だけで大事な部分は自分で考えなければいけない。
俺にしろ、蘭にしろ、他の奴等だってそう。
蘭は、親御さんの影響を受けている。しっかりと。
俺は―――どうだろう?
アイツらほど蘭に影響を受けていない、とは思う。
両親と話す機会は蘭より遥かに多いが、あまり何も感じない。
と、まあ脱線したが。
藍原一家は、七夕の日に全員集合する。
というか、蘭の父親が七夕にしか帰宅しないという変人だからなんだが…。
俺は毎日蘭の家に行っているし、蘭もそれを当然と思っている。
平日は登校前、休日は朝飯後か昼飯後。
学校がある時は一緒に登校するし、無い時は適当に遊ぶ。
2,3会話するだけで帰る日もあるし、徹夜で遊ぶ日もある。
けど―――
―――けど、今日は行かない。
行って、団欒を邪魔するのが嫌だとかそういうのでは無い。
―――異物―――
中学の時、唯一崩れなかったのは異常だ。
―――異物―――
そう、だから多分。七夕の日だけは、蘭も去年を覚えている。
―――異物―――
そこへ、俺が入って、壊してしまうのが恐ろしい。
蘭の両親に知られてしまうのが恐ろしい。
だから、俺は行かない、行けない。
蘭の家に、この日だけは行かない。
「―――まあ、それについてはアタシも同意見。」
「だろ?―――つか、あのさ。」
「―――何?」
いや……その、さ。
「何で俺達、ファミレスにいてるんだよ?」
しかも、二人で。
さながらまるで、健全なカップルよろしくじみていて、
あたかも青春の1ページのように……みたいな。
嗚呼、俺ってば、何を混乱してんだよ。
冷静になれ、馬鹿。
「―――本当は、蘭を待つつもりだった。」
「………は?」
「―――金が無い。」
「待て待て待て!!」
「―――ドリア、ピザ、パスタ、サラダ、コーヒー」
「待て待て待て!!!!」
「―――でも、携帯見たら、七夕だったから。
蘭を呼ぶのは悪いかな、と思った。」
「だからって何で俺を呼ぶ!?」
「―――アドレス知ってたから。」
「いや、そりゃあそうだけど。
ほら、姉妹とか。先輩とか、お前の姉さんとかいるだろ?」
「―――姉妹はバイト。先輩は敵。姉さんは一文無し。」
いやいや……敵って何だ?何の敵だぁ!?
「俺も、そんなに持ってないぞ。」
「―――マジかよ、このクソ。」
「お、おまえ………」
なんつー、理不尽に罵倒する女だよ。
だが、事実として…こいつは怖い。
なんつーか、逆らえば肉体的損害を被るとでも言うか。
……マジで、こえぇよ。だって、すぐに手を出すもん、コイツ。
「ったく、ちゃんと返せよ。ほら、伝票渡せ。」
「―――はい。」
えっと―――ドリア、ピザ、パスタ、サラダ、コーヒーね。
……………待て、何だこの伝票?
うん、確かにドリア・ピザ・パスタ・サラダとコーヒーだけどさ。
「って、お前!!どんだけ食ってんじゃコラァ!!」
「―――何が?」
「何が、じゃねぇ!何だ、この数。
ドリアもピザもパスタも食い過ぎだ!!」
「―――おかわりは、無料。」
「そんな訳あるか!!この電波!!」
まあ、コーヒーのおかわりは無料だけどさ……
「―――ふん、たかだか1万円で何を言うか。」
「お、お前な。俺がそんなに持ってると思うか?」
「―――――――――。」
里居は俺の顔と服を一瞥してから、言い切った。
「―――いや、有り得ない。」
「お、お、お前……。」
本気で見捨ててやろうか、このアマ。
「―――でも、蘭はこの前。本屋で2万円使ってた。」
「いや、アイツはバイトしてるからな。」
「―――さて、どうしようか。」
「………先輩に助けてもらおう。あの人もバイトしてたよな?」
「―――へえ。初めて聞いた。」
そうか、こいつ。まだ蘭と話をしてなかったんだよな。
そりゃあ、先輩―――田崎沙梨―――の話も聞かないさ。
「蘭がよく行く本屋でバイトしてるんだってさ。」
瞬間、ピシリと空気が凍った。
「―――おい。」
里居の怒気が……何の因果か俺に向かってくる。
「―――聞いて無いぞ。」
「いやだって、そんな重要な事じゃ無いだろ。
別に蘭は先輩の事をどうとも思って無いだろうし。」
「―――部活の時、蘭をずっと見てた。」
いやいや……それは何の拷問だ?
と、言うか。もしかして姉妹揃ってそんな事してんじゃないだろうな!?
「―――結構、あの二人って話すよね。」
「あ?あぁ、まあ話すよな。」
そりゃあ、あの中でまともに会話のキャッチボールが出来るのは俺、先輩、蘭くらいだ。
鬼姉妹は……アレだし。里居は……アレだし。
だいたいは3人で喋ってるよな。
そっか、じゃあ俺がいない時は先輩と蘭が仲睦まじく喋るわけだ。
まあ、二人とも趣味が同じだし。話が合うのだろう。
「―――例えば、先輩が対面に座っていて、身を乗り出すとする。」
少し想像する。対面にいて、身を乗り出す場面。
―――例えば、蘭が携帯の画面を見せたりする時か。
「―――蘭は、ある1点を見て、顔を赤くして視線を横に向ける。」
「………。」
少し想像する。身を乗り出す先輩。
まあ―――特別大きいわけでもないが、
里居や鬼姉妹たちよりは遥かにハイスペックだな。
「―――それを見て、アタシは思った。」
「何だよ?」
うん、と里居は意味ありげに頷く。
「―――胸は、ただの飾りだ。」
いやいや。
お前、分かってて言ってんのか?
「飾りは綺麗な方が良いだろ?」
「―――――――――ッ!?!?」
驚愕に、顔を青くする里居。
……まあ、確かにお前のは、その、アレだけどさ。
「でも、小さいのが好きな男もいるぜ?」
「――――――む、そうなのか?」
「あぁ。例えば―――そうだな。」
どう言ったら良いんだろうな。
んー、と少し頭を捻って、例え話を出す。
「蘭の女装姿を想像してみろ。」
「―――――――ッッ!?!?!?」
里居の顔が真っ赤なトマト。
今にも湯気を出しそうなくらいな熱気が伝わってくる。
―――まあ、気持ちは分からないでもないがな。
「その胸が大きかったら、駄目だろ?」
「―――む、確かに。」
「しかし、そこらの大きいだけの女よりは、良いだろ?」
言ってて、自分でもヤバいと思ってしまう。
いやいやいや、アイツは男だって分かってても―――その、なあ。
『藍原はトイレを立ってしないで欲しい、夢が崩れる。』
以前、蘭がそう言われていた。
うん、全くの同感だが―――
『知るか、勝手にそっぽ向いて妄想してろ。』
そう返した蘭は、本当にその事を理解できていないのだろう。
でなければ、そこまでキツイことを言わない筈だ……多分。
「―――おぉ、納得だ。」
ぽんと手を合わせて里居が納得する。
と、そこで―――
「まあ、先輩は綺麗だからな。外見なら、分が悪いかもな。」
―――激しく、突き落としてやる。
ハハハ、俺をこんな事に巻き込んだ罰だ。
だがしかし―――
「―――ハッ。」
一笑。里居は鼻で笑った。
「―――そんな事は無い。きっと、蘭は小さいのが好き。」
「………その自信はどっから来る?」
「―――半年前から。」
「そうかよ。」
好きにしろよ、この阿呆。
「じゃ、先輩呼ぶけど、良いよな?
勝ちは決まってんだろ?」
「―――む、それもそうだな。
よし。呼べ、許す。」
はあ、と里居から見えないように息を吐く。
全く―――本当にお前は苦労する奴だよ、蘭。