―――615日(木)―――


ポタポタ、からザーザー、という音に進化した雨には、
てるてる坊主というティッシュペーパーの塊は効かない。
今日も梅雨前線の影響大。
不快指数も鰻の滝登りだ…意味不明か…。

とはいえ、この雨が降らなかった故に、

深刻な水不足となる場合が、ここ数年では割と頻繁に起こっている。
いやはや、これも夏を快適に過ごすのための試練か…。
と思いながら、下敷きを扇ぎブラウスの中に風を送り込んでいる蘭を見る。

……うん、梅雨サイコー。梅雨よ、いつまでも続け。
この学校の制服は、いわゆるブレザーというやつで、
春・秋・冬はネクタイ着用なのだが、夏になるとさすがに上はブラウスのみで
良しという事になっている。

中には、ズボンからブラウスをだしていたりする奴もいるが、
仮に、蘭がそんな事をすると指導という名の凌辱が待っているので、
蘭は絶対にしない……少し……いや、かなりして欲しいが。

まあ、シャツを着ていれば、この不快さが多少はマシになる。今日は木曜日。

授業では体育が無い、というのが決め手だった。

私達が入れ替わっても、誰も気付かない。

……蘭は気付くだろうか?いや、有り得ない。

 

 

―――そう、有り得ないが、期待してしまう。

里居江利加という人物が、蘭の中にいることを―――

 



蘭の歩幅に合わせて、私も部室へ行く。
ただし、会話は厳禁。今は、まだ。




蘭が、<帰宅部(はぁと)部室>
(はぁと、と書かれている所がミソらしい。)

と書かれているドアを開ける為にノブを回す、と。
それがスイッチになり、何かが外れる様な手ごたえ、音がした。
蘭は、このまま扉を開けないという選択肢を破棄し、

(恐らく、扉を貫く物体であった場合、あの状態では躱せない為、)

扉を開けると、健太を無理やりに中へと押し入れた。

刹那、何か…鋭利なモノが人の腕に刺さったような音。(あんまり音はしないが、)
そして、

「ちょ、痺れ…シビッ…シビッ……レッ…?

という健太の声。
ドスッ、と。健太が倒れる音。
そして、

「「…失敗か。」」

と、心底悔しげに唇をかむ先輩達の姿(2人ほど)があった。



帰宅部―――それは、ほぼ全ての学校に存在する架空の部活なのだが、
この高校(というより先輩たち)は、その架空の部活をあろう事か、
設立させてしまいやがってくれたのだ。(意味不明)

活動目標:特に無し、強いて言えば遊ぶ。 正しく帰宅する。

というふざけた部活が認められたのか、それとも強制的に認めさせたのかは、
私の知る所では無い、まあ、興味はあるけどね。

好奇心は猫も殺害するのだ。

とはいえ、蘭もこの部活に入るとは驚いた。
ステレオ姉妹(美恵命名)の家は喫茶店らしいが、そこで蘭はバイトをしているらしい。

 

 


蘭の性格から言って、入部を拒否すると思うのだが、

あのステレオ姉妹。蘭の女装ウェイトレス姿を写真に収めているのだ。

それを見せられた時、私は数時間も悶絶してしまった。




私は、健太の屍(へんじがない。ただのしかばねのようだ。)を跨ぐと、
蘭の対面となる椅子に座る。

「「暑いね〜、ジメジメだね〜。」」


と、二重音声。

この姉妹、やはりテレビに出れば良いんじゃないか?

まあ、双子姉妹キャラってのは、既出なんだろうけど……。

 

「そうですね。」


蘭が無視していたので、私がそれに合わせる。

―――と、そこへ蘭の視線を感じた。



まさか……有り得ない。

蘭が里居江利加に気付く事は有り得ない。今は、まだ。

 

 


しかし、それを気にする事は無い。
“裏側”の時間を捻じ曲げているんだ。時間ならたっぷりある。

 

 


蘭は、私から視線を逸らし、窓に目を向けた。



 

―――その、綺麗な黒い瞳で何を見ているのだろう?

アタシは、彼の視線を辿る。

 

 

 

―――雨は、止んでいた

 

 

 

 

 

昨日、英一に逢ったよ。と蘭は言った。

 

「―――そう。」

 

廃ビル。未だ再建されていない土地。

探せば、この町のどこにでもあるが、探さなければ分からない。

 

彼は、独り。そこで眠っていた。

 

起きると、アタシには分かる。いや、厳密には姉さんが分かる。

姉さんが私に教えてくれる。

 

“彼”と姉さん。

敵同士は“裏側”だけ。今は不可侵らしい。

 

「もう、ここで殺す理由はないから。」

 

姉さんは、そう言っていた。

それが嘘か真か。アタシには分からない。

 

 

 

―――阿部英一。

哀れで滑稽な少年だ。蘭は、彼を助けようとしていた。

彼は、人を殺していなかったから。

だけど、彼はその手を払った。

 

分かっている、アタシにはよく分かる。

 

それは蘭の為だったのだろう。

だけど―――蘭が嫌がるのに、何でそれをする?

それに、最後まで気付かなかったアタシも愚かだが、

それに未だ気付かないあの男は、滑稽でしか無い。

 

そう、蘭は辛いのかもしれない。

親友、だったのだろう。悔しいが、アタシもそれを認める。

だけど―――今。

 

彼とは、一年に一度も会話を出来ない。

 

―――少なくとも、この世界では―――

 

 

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