―――1月9日。
冬休みが終わり、今日から3学期。
あともう少しで人害たちとの縁が切れるのか。ともすれば、
どこか寂しい気持も湧き上がってくる……田崎先輩に。
「まあ、普通に考えればそうだよなー。」
放課後、俺の家でゲームをしている最中に斎藤が言った。
そう、普通に考えれば―――
「田崎…だっけ?やっぱあの人が一番だろ。」
「あー、それは俺も思う。」
「同じく……って蘭、俺から銀を盗むな!」
俺も、健太もそれには大きく頷く。
3人でしているゲームは、中古を150円で買ってきたものだ。
一般的にはクソゲーと言われているが、BGMだけは素晴らしい。
「つーか、仲間にしたばっかなのに、こいつ、偉そうにしすぎだ。」
―――斎藤、それには突っ込むなよ。
というか、このゲーム。知っている人は少数だろう。
とまあ、本線から逸れたが男3人集まれば、
自然と女子の話題になっていくわけであったのだ。
そして話題になったのは、誰が一番良いか、という事である。
「まあ、顔だけなら向田先生だけどさ。」
健太が俺のチームにいる仲間の一人を狙い、虚言で忠誠心をダウンさせた。
「つーか、蘭。お前、あの人と同棲とか羨ましすぎるぞ…。
おら、ってわけで俺も虚言だ。」
斎藤も、健太に合わせて虚言をしてくる。
アイテムを渡しているから、すぐには裏切らないだろうが、
これはボディブローのようにじわじわ効いてくる。
「いや、ストレスが溜まってしょうがない。
―――里居と喜美恵さんが、壊滅的な組み合わせだからな。」
「「とか誤魔化しつつ、銀50で宴会とかありかよ!」」
2人の声が聞こえるが、そんなのは無視。
宴会で忠誠心を修復して、敵へと1マス進む。
「だて、家壊すんだぜ?日曜大工が上手くなってしまったぞ。
おい、お前らも少しは敵を倒せ、敵を。」
「まあ、里居も顔は良いよなー。
何か、俺たちより女子にもてそうな感じだもんな。」
「……そう考えたら、顔だけが良い奴ってのは知り合いに結構いるよな。
ほら、斎藤の妹もかなり可愛いと思うぜ?」
「…なん、だと…?」
斎藤が固まる。その間に、俺は斎藤のチームから銀を盗む。
盗んで、誘導。斎藤のチームと敵COMを接敵させておく。
「まあ、我が妹ながら顔が良いのは認めるが、な。
健太、お前はやめておけ。自分の部屋にクレイモアを仕掛ける女だからな。」
「「…………。」」
脳が沸いてんのか、こいつの妹は。
「あ、でも最近はアイツに友達が出来たな。
成元…だっけ?ほら、蘭と仲が良いかんじの。」
「あぁ、そういやそんなのがいたな。」
健太が、レモンを食べている時のような顔で言う。
……どうやら、健太は成元を嫌っているっぽい。
まあ、成元も健太に対しては邪険にしてるしな。
「というか、お前ら。彼女とか作らんわけ?」
俺が敵COMに戦闘を仕掛ける。
―――われわれはむてきだ。
うん、名言だ。
「まあ、作れたらって話だな。」
「斎藤と同じく。つーか、蘭。
お前のせいで俺たちに彼女が出来ねーんだよ!」
……おいおい、俺のせいかよ?
「勝手に人のせいにするなよ、おい。」
「だって、なあ?斎藤。」
「まあ、そうだな。うん、蘭のせいって事にしようぜ。」
「……はぁ、俺も彼女欲しいな。」
嘆息し、紡ぐ。
そんな俺に、異口同音―――
「「え、里居じゃねえの?」」
―――――――――。
「違うわ、ボケェ!!」
関西弁風に言うと、俺は敵COMとの戦闘を終える。
勿論、捕虜にした敵兵は斬りすてておく。
「そっか、じゃあ蘭は俺がもらってやるか。」
ボソリ、と斎藤が呟いた言葉に、俺は身の危険を感じた。
「ぅぁ―――――ッ!寄ってくるな、変態!!」
そして、抱きついてくる斎藤。
つーか、お前は重いんだからそこらへん考えろ!
「―――斎藤、お前がそんな事をするから、
俺たちがホモだと思われてんだけどな…。」
健太がさりげなく言う―――ってまて!
おま、それはマジでか!?
「まあ、今は誰もいないし―――俺も混ざるぜっ!」
「混ざるなクソ野郎―――ッ!!
って、斎藤!尻を揉むな、触れるな―――っておい、聞いてんのか!?
や、やめ―――おい、マジで―――っ、ぃゃぁ。」
男3人、フローリングの上をごろごろと絡み合う……
……いやだな、おい!
「――――――蘭、またファル●タ?」
―――そのタイミングで、里居がリビングへ現れた。
―――――――≪前奏曲≫―――――――
「「「―――――――――。」」」
絶句し、無言を貫く男3人。
斎藤―――俺の尻を掴み、髪の毛に顔を擦りつけている。
健太―――俺の両肩を抑え、両足で俺の腹をロックしている。
俺――――半泣きになりつつ、健太の急所を蹴り上げようとしている。
「「「――――――。」」」
無音、それがこの家を侵食した刹那―――
「――――――蘭ッ!」
一喝とともに、里居が俺に絡んでいる二人を蹴り飛ばす。
……告白すると、この時ほど里居が頼もしく思ったのは、
高校生になって初めてのことだった。
「ぅぅ―――。」
「―――よしよし。」
半泣きのままの俺を、里居が抱き締める―――
というか、これは背骨を折りにきてるんじゃないかッ!?
「ギブ!里居、ギブ!!」
「―――最近、蘭は浮気しすぎだと思う。」
「ぅぁ、ごめん。謝るから許して―――!」
浮気って何だよ、とか口に出したらもっとややこしくなる。
とにかく、里居の背中を叩きまくる。
「――――――ん。じゃあ、また明日。」
里居はスコールよろしく、すぐさま帰っていった。
「というか、アイツ。何しに来たんだよ…?」
斎藤が首を鳴らしながらぼやく。
里居の蹴りを喰らったにも拘わらずに……タフな奴だな。
健太は、壁に上半身だけ突っ込んでいる。
―――ばたばた、と見苦しくもがいていたので蹴り飛ばした。
「おま、蘭―――悪魔か!?」
部屋の壁から、家の庭へと転がっていく健太。
うん。悪魔なんて言葉には慣れている。
「って、もう6時か―――俺、帰るな。」
バカ
「ん。ついでに下にいる健太も拾ってけ。
俺は壁を修復しなきゃなんないし。」
「オーケー。じゃあ、また明日。」
「ん―――バイバイ。」
程なくして、外から自転車をこぐ音がする。
音は2つ。どうやら、2人とも帰ってんだろう。
「――――――ふぅ。」
息をついて、ポケットから“それ”を出す。
引き出しにある100円ライターで火を点けて、煙を吸う。
肺を満たす、嘔吐感を誘う紫煙―――って、これッ!?
「ゲホッ―――ゴホッ」
―――ッッ、里居の奴。何考えてんだ!?
こ、これってもしかして―――。
「タバコかよ―――ッ!
俺の肺が灰になったらどうすんだよ?」
「――――――。」
「あ、今のは肺と灰をかけたんだけど…どうだ?」
「―――はい、はい。」
いつの間にか背後にいる、里居美恵。
呆れたように、洒落を返してくる。
…とりあえず、タバコの火は消しておく。
「つーか、何故にタバコ?あれか?嫌がらせか?
つか、どこで買ったんだ?未成年はいけないんだぞ?」
「―――“コッチ”の方がもっといけない。」
「まあ、そうなんだけど、さ。」
里居が差し出してくる箱を手に取る。
中を確認してから、それを取り出す。
そして、すぐさま“それ”に火を点けようとして―――止める。
「あー、あのさ。人がいる時はあんま吸わない主義なんだよね。」
「―――出てけ、と?」
威圧的に、高圧的に、怜悧な仮面を被った里居。
―――そう言われて、出てけと言えないあたり、俺はヘタレなんだろう。
「ぅぅ。」
お預けを食らった犬のような声を上げて、
それを箱に戻す。
「―――蘭。」
「ん?」
里居は、神妙な顔をして―――
「首輪をつけて、ワンって言ったら吸って良いよ。」
「―――するかっ!!」
座布団を投げつける。
「―――無理矢理が良い?」
投げ返される。
「嫌だっ!!」
顔面に迫るそれを躱して、下敷きにしていたビーズクッションを投げる。
「――――っ!」
「……あれ?」
中ったぞ、おい。
里居の運動能力なら難なく避けられると思われた投擲だが、
もしかして、俺の中にある特殊能力が目覚めたのだろうか…。
ほら、スタ●ドとか?念能力とか?主人公補正とか?そういうの。
「―――っ、蘭が敷いていた、クッション。」
「って、キショイわ!!」
スパコン―――コンピューターではないぞ?―――と、
座布団で里居の頭を叩く。
女の子が、人の尻に敷いたものを嗅ぐなっ!
「思春期の男子か、お前は。」
「―――いや、そんな事は無い。」
「じゃあ、とりあえず鼻血をどうにかしろ!」
鼻血を流しつつ、ハァハァ、とクッションを嗅がれたりしたら……。
こいつ、変態だ―――というか、わけわからんな。
「―――とにかく、“ソレ”は用法・用量を守って使用すること。
あと、人がいないとこで吸うこと。警察に見つからないこと。OK?」
「分かったよ。で、クッションはおいてけ。」
「―――ケチ。」
ケチじゃない、というかそのビーズクッションはお気に入りなんだよ。
……それを女にぶつける俺も俺だが。
「―――じゃ。」
窓から出ていく里居―――そういえば、コイツ。
ヒト
「土足で他人の家に上がるな、アホ――――!!」
怒鳴りながら、窓を閉める。
―――うん、とりあえず自分の部屋で一服することにしよう。
軋む身体の痛みとか、死ぬことの恐怖だとか、そんなものを一掃するために。