「うぁ―――寒。」
「寒いな…。」
「寒過ぎる…。」
「―――蘭、温めてあげようか?」
11月。季節は秋から冬へと変わりつつある頃、
俺たちは募金活動の為に学校へ早朝から登校していた。
「募金、おねがいしまーす。」
「しまーす。」
「しゃあっす。」
「―――します。」
無論、本来ならばこんな事は絶対にしないが、
生徒会役員になってしまった以上、やらないといけないのだ。
そう。9月から新生徒会長になってしまった訳だが、だからって何が変わるでもない。
ただ、週に一度は帰るのが遅くなってバイトに行けず、
体育祭では準備や宣誓をさせられるだけだ……ってかなり嫌だな、ソレ。
まぁ、つまりはそういう訳だ。
俺一人頑張るのは癪だから、健太と斎藤を巻き込んでいる訳だ。
あと、何故だか里居が付いてきている―――いや、別に悪くはないけど…。
でも、こんな寒い時に男3人が朝っぱらから校門の前にいる時の話題と言えば―――
「おわ、あの子のスカート短けぇ〜。」
「マジ?おぉ…神風こい、神風こい。」
―――こんな話題になる訳で…。
「―――蘭?まさかとは思うけど……見てないよね?」
「…と、当然だろ?」
少し、上擦った声で何とか応えるが、
視界の端でしっかりと見ていたりする。
―――里居も、それに気づいているんだろうか、自分の方を向かせてくる。
「神風呼んでる斎藤とか、
目玉が飛び出そうなくらいに注視してる健太と一緒にするなよ?」
「うゎ、斎藤。あっちの子も…。」
「女子って頑張るよな〜。」
「………。」
実は、少し見たかったりして―――。
「―――ていっ。」
ヒップに、嫌な感覚――
――先月も、経験したような…嫌な感覚だ。
「ひゃあぁっ!」
びっくりして後ろを見ると、里居が手をニギニギしていた。
……お前、逆セクハラって知ってるか?
「―――蘭、アタシのなら良いから。それで我慢しなさい。」
「いや、それはいい。」
実は、少し見たかったりして―――。
「おい。しっかり声だせよ、お前ら。」
「ぐ……募金お願いしゃーす。」
「しゃあっす!」
大体、他の役員は何故来ない……?
そりゃあ、学校に1時間以上かかる奴は来なくても良いんだろうが
…ある程度近い奴は頑張ってくれよ。
とまぁ、そんな事を思っていたんだが。
里居が『来るな』と他の役員を脅していたことに気づいたのは、
放課後になってからだった。
―――――――≪夕べの調べ≫―――――――
「あのー、藍原君?」
「ん〜?」
「生徒会室にいつも一番乗りしてるのは良いことだと思うよ?」
「んー。」
「でもさ、もうみんな来たよ。」
「んー?」
「だから、始めようと思うんだけど……。」
「んー。」
「会長なんだから、少しはやる気だそうよ?」
「んーんー。」
「だから、寝るなっつってんのよ!!」
バシン、とプリントを纏めた簡易ハリセンで叩かれる。
「うぁ……いたひ。」
「もっと痛くしてあげましょうか?」
「それは勘弁。……さて、頑張るぞー。」
ん、と背伸びをしてプリントを見る。
プリントには風紀の乱れに関する事が書いてあった。
要約すると3点。
一、タバコが男子トイレで見つかった。
二、駅で座り込んでいる。
三、夜中に制服でうろついている。
「はぁ―――これが何かあんのか?」
「いや、何って藍原君。真面目に考えてよね。」
呆れたように…いや、実際に呆れているのだろう。
溜息をつく副委員長。眼鏡が似合いそうな、今時珍しい真面目っ娘だ。
それを援護するかのように頷いていく書記やらなにやらの会員たち。
「まず、タバコは自己責任で良いだろ。
トイレで他人に迷惑かけずに、吸う奴については放置だ。
次に、駅で座り込んでる奴。何人かの教師にお願いして、
生徒と同じ時間くらいに電車通勤させておこうぜ。
夜中に制服でうろついてる奴も放置だ、放置。
事情もあるだろうし、罰則食らうのは補導された奴だけで。」
「そんな適当な……。」
「まあまあ…とりあえず、
こっちはそういう方針って事を生徒指導の教師に伝えれば良いんだろ?
後で喜美恵さんにプリント渡しておくわ。
って訳で、解散。明日はみんな募金活動するように!」
はーい、とやる気の欠片も感じさせない声で全員が返事をしながらさっさと帰っていく。
……全く、生徒会と言えば、真面目キャラがごった返してるんじゃないのか?
「――――――はぁ。」
と、見れば唯一の真面目キャラがいた。
副委員長は溜息をつきながらプリントを鞄に締まっている。
「鍵は俺が持ってくよ。ほら、帰った帰った。」
「…ありがと。じゃ。」
「―――ん。」
俺は生徒会室の鍵を閉め、職員室へと向かった。
「失礼しまーす。」
ガラ、と職員室のドアを開け、中にいる教師達の面を確認する。
……ラッキー、喜美恵さんがいた。
「生徒会室の鍵、返却しまーす。」
鍵を職員室に“直す”。
―――関東の人はこういう時に“戻す”としか言わないのだろうか……?
まぁ、そんな些細な事はどっちでも良い。
「あ、藍原クン。ちょうど良かった。面貸しなさい。」
―――こいつ、何で教師になれたんだろう…?
「で、教師を電車通勤にさせるの?」
「―――そ、って言うか。何人かは電車通勤してるだろ?
そいつらを生徒と同じ時間に通勤しろってお願いしてくれないか?」
「んー、まあそれは良いんだけどね。」
お世辞にも丁寧とはいえないハンドル捌きで、車を運転している教師。
―――もちろん、向田喜美恵だ。
そして、俺はその車の助手席でおとなしく煙を吐き出している。
「じゃあ、よろしく。」
「で?タバコと深夜徘徊は何で報知ス●ーツ?」
なんつー、意味不明なギャグ言うんだ、この教師は。
俺はまた煙を大きく車内へ吐き出してから答える。
「―――何でも。」
「アハハ……藍原クン、捕まるもんね?」
「いやいや。タバコは吸わないし、
深夜もバイトと買い物以外で出歩くことはあまりない。」
「……不良だ、不良。」
―――何でそうなる!?
非難するように、だがあくまで軽薄に言う。
というか―――お前が言うな、お前が。
「というかさ、いつもいつも思うんだけど、“ソレ”。
どこから持ちだしてるのよ?」
「―――内緒。」
―――言わない。
恐らく、煙で思考能力が低下しているだろうからだ。
下手に答えると、つい色々と厄介な事が増えてしまいそう。
俺たちは、停車した車から降りる。
「あっそ……どうせ、大体分かるから良いもんねー。」
そう言うと、玄関を開け、中へ入っていく。
「ただいまー。」
誰もいないのに、そう告げると靴を脱いでいく。
俺も、そんな彼女に倣って靴を脱ごうとして…ふと、気になった。
「あのさ、喜美恵さん。」
「何?」
玄関を出て、家の表札を見る。
『藍原』
うむ、俺の家だ。
―――――――(凍結)。
時間にして4秒、凍結が続き、そして家の玄関を閉めて叫ぶ。
「何で、俺ん家の鍵を持ってんだよ!?」
「いや、今日からはアタシん家でもあるから。」
「はぁ?」
「あたしン―――」
「ヤバいように言い直すな!!」
あ、危ない。いや、別に危なくないのかもしれないのだが……。
「―――蘭、どうしたの?」
「げ。」
二階から下りてくる里居美恵。
今の状況を何とか立て直す方法を思案し―――
「無理だ。」
―――ほんの一瞬で挫折した。
とはいえ、喜美恵さんと里居は友人とも言えるほどに仲が良い。
突発的な喧嘩はあるが、恐らく数分で終わるだろう。
だから、問題と言えば、
「あー、家。壊すなよ?」
それだけだった。
……待てよ?もしかして、明日からもずっとこんな状態が続くのだろうか―――?
それだけは、マジで勘弁願いたいと思いつつも、
人外の喧嘩に巻き込まれないように退避するのであった。