(……何でこうなった?)

 

ここは帰宅部(はぁと)の部室。

いつもならば里居と鬼姉妹、成元が適当に殴り合って、

蘭が止めた後はダベって帰宅するのだが…。

逆に言えば、蘭が止めない限り喧騒は止まらないということであり―――

 

「おら。来いよ、人害。ぶちのめしてやるよ。」

 

―――現在、件の藍原蘭は鬼姉妹を挑発しつつ、

部室の中央にある机の上でタンタン、とステップを刻んでいる。

それは、蘭にとってはただリズムを取っているだけだったのかもしれないが

―――その様に俺を含め、この部室にいる成元以外の人物は例外なく魅入られている。

 

「「むむぅ、調子に乗りおって〜!!」」

 

それに目を奪われるのも、一瞬。

鬼姉妹は蘭へと左右から飛びかかっていく。

 

―――――ハッ!

 

蘭はそれを一笑しつつ、なおもステップを刻む。

タンタン―――タタタン、と。

 

 

 

―――なかなか、やる。」

 

「ハハ……そっちこそ。」

 

部室を縦横無尽に駆け抜けつつ、あらゆる物理法則を歪曲させ、倒潰し、

超越した動きをしているのは里居美恵と向田喜美恵

―――蘭を巻き添えにしないようにしつつも、人外の闘争を続けている。

 

「うきゅー。」

 

床に倒れこんで目を回しているのは成元幸代。

あの様子だと、しばらく立ち上がれないだろう。

 

「ひぃぃーーー、みんな止めてよーー。」

 

困ったように……いや、実際困っているのだろう。

田崎先輩は隅で俺と一緒にブルブル震えている。

―――もう一度。俺はもう一度同じことを思う。

 

(……何で、こうなった?

 

 

 

 

 

―――――――熱情―――――――

 

 

 

 

 

「…顧問なんていたのか?

 

「「まぁ、一応はこれも部活だからね〜。」」

 

顧問は必要なのだよ、と鬱陶しい二重奏が聞こえてくる。

 

―――で。顧問が変わる、と。」

 

里居が独り言のように言うのだが―――

 

「なあ、蘭。嫌な予感がするのは気のせいか?

 

―――ああ。同感だ、友人。

きっと、ロクでもナナでもない事が起きそうな予感……。

それは唐突なモノで―――だから俺は、

次の瞬間にドアを開いて入ってくる人物を予想していたわけでは無かった。

 

「はぁい。」

 

ノックもせずに入ってきたのは、向田喜美恵。

俺のクラス―――といえば、語弊がある。

まぁ、つまりは21ということだが―――の新担任だ。

第一印象は美人。そして、人外。

略して美人外……あぁ、決して美人では無いということではない。

 

――――――!?

 

その姿を見た瞬間、俺の脇をコンパスが通過した。

凄まじい速度で彼女に迫るその凶器を、さも当然のように掴む。

 

「ヒスは駄目だよ、ヒスは。」

 

投擲されたことを非難すると、教師は部室の中へと入ってくる。

 

「ねえ、藍原クンもそう思うでしょ?

 

「え?

 

「最近、ヤンデレとか流行ってるけど、ぶっちゃけ嫌でしょ?

やっぱり、年上のおねーさんが良いんじゃない?

 

――――――いやいや。」

 

俺にどうコメントしろと言うんだ、この人は。

 

「「はいはーい、私たちは年上だけど、どうかな?」」

 

「はいはい。」

 

人害相手に反論しても疲れるだけなので適当に返答しとく。

 

―――蘭、浮気するの?

 

「えっと、センパイ。マジ!?

 

……何がだよ。

 

「それ以前に浮気って何―――

 

だよ、と続けようとしたが、その言葉は後頭部への衝撃で途切れた。

―――刹那、暗転する視界の中で、俺は思った。

あぁ、里居って絶対に浮気されると刺すタイプだな、と。

 

 

 

 

 

―――里居が蘭の後頭部をハリセンで強打した時、部室の温度が10くらい下がった。

ついでに言うと、成元も鬼姉妹も既に立ち上がっている。

ヤツらはこう思ったのだろう。『私の嫁に何しくさってんだ、コラ』と。

 

――――ッッッ。いぃったいなーーー、もう。」

 

―――浮気するほうが悪い。」

 

少し、蘭の言葉に違和感を覚えるが……まぁ、少し錯乱してるんだろう。

 

「あのさ、言っておくが―――先に手を出したのは、お前だぜ?

 

誰かがそう言った刹那、里居の手からハリセンが消える。

 

―――!?

 

一瞬の思考停止状態。

俺が辛うじて視認したのは、蘭のどこか歪んでいた姿だった。

パシン、と里居が攻撃を受ける。

里居のハリセンを奪った蘭が、一瞬で後ろにまわり、攻撃したのだ。

 

「えっと、センパイ?

 

成元が呆然とした感じで呟く。

 

―――ハハッ。」

 

歓喜の声を上げるのは向田喜美恵。

 

「「おぉ……。」」

 

驚嘆しているのは鬼姉妹。

 

――――――蘭、どうしたの?

 

怒気を放ちながら、里居が問うが―――それに答えたのは乾いた笑い。

 

「どうしたも、こうしたも。イカにも、タコにも。馬にも、鹿にも。

手ぇ出したのはそっちが先だろうが。

まぁ、それでも女の子なら加減するが?ハッ、お前は人外だろう?

 

あぁ……何つーか。

これはもうアレだな。

 

「頭を打って、性格が変わるってネタ…ベタだよなぁ。」

 

言った瞬間、またも蘭の姿が俺の視界から消えた。

 

「んぅ?――――んんんんぅっっ!!??

 

―――成元とキスをしていた。そうとしか言い表せない。

そりゃあ、もう、ブチュっと。誰がどう見てもキス以外には見えないだろう。

 

「「何してんのさ、てめぇ〜!」」

 

転瞬、真っ先に我を取り戻したのは鬼姉妹。

共に左右から殴りかかるが、

蘭は姉妹の双拳をスウェーでこともなげに躱し、少し間を空ける。

見ると、姉妹の横に座っていた田崎先輩は既に退避している

…同じく、俺も部室の隅にひそひそと移動する。

 

「おいおい、別にキスぐらいで騒ぐ事ないだろ。」

 

―――ッ、蘭!

 

直後、蘭に飛んできたのは里居の轟拳。

だが―――それも当たらず、蘭は里居の右腕を支点にし、円を描くように動く。

そして、遠心力を加味したハリセンの攻撃。

……間違いない、今の蘭は人外に劣らない運動能力を持っている。

 

―――はぅぅ、ぎゅわぁ。」

 

情けない声を出しながら成元が倒れる。

どうやら、蘭とのキスは刺激が強すぎたようだ。

 

「「せいっ!」」

 

里居をブラインドにし、左右からコンマのタイミングラグも無く、

繰り出される姉妹の蹴り。

蘭の両足を折らんとばかりの勢いを込めたその蹴りはしかし、

 

「ほいっ。」

 

蘭が跳躍するだけで、容易く避けられてしまう―――その上、

 

「「ぐぅっ、いたぁっーー!」」

 

姉妹が互いの爪先を蹴り合うという、馬鹿な事になってしまった。

 

    パンピー

「…お前ら、人間過ぎるよ。

人外なら人外らしく、正々堂々―――反則じみた業使おうぜ?

 

眼前の人外と人害姉妹の三人を蔑むように言う蘭が、この場で最も異常な存在だった。

がしかし―――それと同時に、三人の間を蛇のように通り抜ける影を見た。

 

―――同感。」

 

そう言うと、蘭へ掌底を放つ人物―――向田喜美恵。

 

―――ッ、お前!

 

咄嗟に蘭も左手で対応するが、勢いを殺しきれずに体勢が崩れる。

瞬間、バックステップし間合いを取ろうとする蘭を、

執拗に追い、体勢が整わない内に腹への連打。

 

―――っち」

 

蘭の足が宙に浮き、部室の壁まで吹き飛ばされる。

―――強い。今の蘭よりも強いということは、本気の里居と同等かそれ以上だろう。

つまり、この先生もまた、人外。

 

「っつっぅ―――――!

 

そのまま、ほぼ密着した体勢で腕を壁に抑えつけられる。

そして、バタバタと暴れている蘭へ顔を近づけていく。

3センチ、1センチ。いやいや、あまりにも強引過ぎだろそれは…。

 

――――――!!

 

―――しかし、その顔を片手で掴み、放り投げた人物がいた。

このままでは蘭が巻き込まれるのを察知し、腕から手を離す向田喜美恵。

無論、彼女が投げられただけで戦闘不能になることは無い。

鮮やかに着地し、放り投げた人物を見て口の端を吊り上げる。

その視線の先にいる里居は、明らかに本気だった。

…蘭の唇は、それほど赦し難いものなのだろう。

 

―――潰す。」

 

宣告し―――転瞬、互いに爆ぜた。

反発する磁石のように弾き合う二人。

彼女たちの戦闘は音を置き去りにし、結果としてその間にはソニックブームが生まれる。

間に入ろうものなら、彼女たちの攻撃よりも先に弾き飛ばされているだろう。

空気の振動で、窓ガラスが砕け散る。

 

 

―――その一方で、解放された藍原蘭は不満気だった。

 

「……はぁ、手持ち無沙汰になっちまったよ。」

 

「「じゃあ、私たちが相手しよっか?」」

 

「しゃーねーか、お前らで我慢するよ。」

 

そう言い、机の上に軽やかに飛び移る。

ハリセンを構え直し、里居たちの戦闘により飛来してくる物体を叩く。

 

「おら。来いよ、人害。ぶちのめしてやるよ。」

 

 

 

 

 

―――何か、夢を見ていた気がする。

意識は今も曖昧で、時間も分からない。

だから、俺は目の前にいる里居に訊いた。

 

―――なあ、何で俺は縛られてるんだ?

 

―――自分の胸に訊いてみた方が良い。」

 

「いや、分かるかよ!しかもここ部室だし、夜だし、不気味だし!!

 

―――ここなら、泣き叫んでも誰にも聞かれないから。」

 

「………………は?

 

コイツ、一体何をする気なんだ?

大体、俺がちょっとやそっとのことで泣き叫ぶわけ無いだろうに。

 

「って、それ何だ!?

 

―――コレ?

 

里居が手に持っているのは、

ウィンウィンと回転運動をしながら奇怪な起動音を出している物体。

―――待て、マテ、まて!!

 

「……ソレ。誰ニ使ウンデスカ?

 

―――蘭。」

 

答えは一言だけだった。しかし、それだけで十二分。

後ろで縛られている両手は抜けない。

ここで関節を外したりできる能力があれば良いんだが、

生憎と俺はそのような愉快極まる特技を持っていない。

だから、唯一満足に動かせる口を使うのは道理だろう。

 

「美恵、話せば分かる。」

 

実際、何を話すでもないが、とりあえずこんな事をする理由が分からない。

そんな俺の意図を汲んだのか、里居は少し表情を和らげる。

 

―――大丈夫。開発しきっちゃえば、痛くなくなる……と思う。」

 

心なしか、ウィンウィンと音を立てる物体が更に唸りを上げた気がする。

自分の生唾を飲み込んだ音が分かる。

首筋を走る冷や汗も、背筋を通り抜ける悪寒も―――

―――その全てが手に取るように分かる。

 

―――怖がらないで。一応、持ってる中で一番小さいのだから。」

 

「他にもあるのかよ!!

 

―――もち。」

 

ずい、と俺ににじり寄ってくる悪魔。

月明かりに照らされたその背後に

―――部のメンバーが全員倒れているように見えたのは錯覚だろうか。

 

―――じゃあ、調教するよ。」

 

「いやぁぁーーーー!!!

 

女みたいな叫び声を上げながら、俺は微妙に……ほんの少しだけ、

恐怖で涙が堪え切れなくなっていることを感じた。

 

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