「おい、行儀よく食えよ。」

 

「はぁい。」

 

我が家では朝食を母子そろって取る。ついでに言うと母お手製の日本食だ。

ご飯に味噌汁、ご飯に明太子、ご飯にキューちゃん、お茶漬け、のりたま

……まあそんなメニューばかりなのだ…朝は。

もちろん、このメニューに俺が苛立つ事は無い。

元来、食に拘りは無いのだし、おいしいければそれで良いと思う

…おいしいじゃないか、味噌汁、明太子、キューちゃん、お茶漬け、のりたま。

全部好きだぞ、俺は。

まあ、こんな食事が日本食かどうかは知らないが、少なくとも洋食では無い。

 

TVでは、ニュース番組の占いコーナーをしている…あ、双子座は3位だ。

曰く、『何事もない、平凡な一日でしょう。』全く、これほど信用できないモノも無いな。

 

現在の時刻は午前740分。

昨日までならば間違いなく俺は家の外へ出かけている時間だろう。

だが、今日からは違う―――というのも2学期が始まるからなのだが。

 

 

「蘭、むぐっ、今日は、あむっ、始業式、ごくっ、だけ、ばくっ、でしょ?

 

「取りあえず、聞き取れる範囲で喋ってくれ。」

 

別に食べながら喋るのが駄目だとは言わない。

そもそも、コイツ―――自分の母親に向かって、何という言い草だろうか―――

にそんな高等な事は要求しない。

 

「蘭、今日は始業式だけなんでしょ!?

 

それに、少し怒ったかのように頬を膨らませながら喋る母親。

全く、今年でOO歳になるってのに落ち着きがない奴だ。

 

「そうだな。始業式とMHRだけだ。昼までに帰ってくるよ。」

 

「じゃあさ、帰りにマクドで昼ご飯を買ってきてね。」

 

「分かった。んじゃ、ごちそうさま。」

 

マクド―――マックなどと略すのは許されない……少なくともこの物語では。

それと同じく、ケンタなどと略すのはあり得ない……少なくともこの物語では。

 

 

 

歯磨きを終えた直後、チャイムが鳴る。

どうやら、柳野が来たのだろう。

 

「それじゃ、行って来る。」

 

「はいはい」

 

はい、は一回にしろ。と返しながら俺はドアを開けた。

 

 

 

 

 

―――――――回想―――――――

 

 

 

 

 

「相変わらず、ジジイの話は長かったよなあ。」

 

始業式が終わり、教室に帰ったところで、ふと柳野がそんな事を言ってきた。

 

「いや、俺はジジイを見てすらないんだが。」

 

 

「………。」

 

絶句する、友人。

 

「……。」

 

何だ?俺は変な事を言ったか?

 

「…そういや、あの新任の先生さ。メチャクチャ美人だったよな。」

 

…何だ?コイツは何を言ってるんだ?

そういえば、始業式に出た記憶が無い。

いや、正確には体育館に入った時からか…?

そう、体育館脇に立っている教師の中に見慣れない顔があって

―――それから、どうなんたんだっけ?

 

―――蘭は、始業式の時に寝ていた。」

 

唐突に、背後から声をかけてくる里居。

そうか、どうやら俺は始業式の時に寝ていたらしい。

そう言われれば、始業式の内容を知らないのも納得できるかもしれない。

 

「クソ、変な体勢でだったんかな。首がイテー。」

 

―――寝ていた。」

 

「…ホントに寝ていたのか?

 

―――寝ていた。」

 

尚も『うん、寝ていたよ。』と呟く里居だが、そこへ新たな闖入者の声。

 

「正しくは、寝かされていた・・・だな。

蘭。お前、里居の手刀を受けたんだぞ?

 

野太い声。およそ高校生の声とは思えないモノ―――斎藤のモノだ。

自分の机に肘をついたまま体勢で、笑いながらこちらを向いている。

 

 

―――潰すか。」

 

 

それは恐ろしいほど冷徹な声。

その声に俺の背筋が凍る。マズイぞ、里居はマジで潰しにかかるかも。

いや、別に斎藤や健太が潰されても構わない。

だがしかし、神様ど〜か、俺にだけはとばっちりがきませんように。

いもしない神に祈りつつ、逃走準備だけはしておく。

見ると、里居が一瞬で間を詰め、その鋼鉄のような右拳を斎藤に叩きつける瞬間だった。

いやまあ、加減はしてるだろうからマジで潰れることは無いだろう…多分。

 

―――――だが、その攻撃は寸前で止められた。

しかも、物理的に。

コンクリートの壁にでも穴をあけるような一撃を横から止めている人物が口を開く。

 

「はい、暴れないように。それから、席に座ったほうが良いよ。」

 

里居の右拳を掴んでいるのは、途轍もないほど綺麗な女性だった。

俺の人生の中でも彼女ほど容姿が整っている人物は見たことが無い。

―――だが、俺は見たことが無いはずの彼女に、どこか既視感を覚えた。

 

 

 

「お、蘭。アレがさっき言ってた新任の先生だぞ……美人だろ?

 

「あぁ、そっか。」

 

体育館でちらりと見た…気がする。

つまり、既視感ってそういう事か。

普通に既視なんじゃねぇか。ビックリさせんなよ。

 

里居は渋々、といった感じで席に座る。

それを見届けてから、黒板に名前を書き終えた教師がこちらを向く。

 

「新しくこのクラスの担任になりました。名前は向田 喜美恵。24歳独身。

OLから転職してきたお姉さんです、ヨロシクね。」

 

歓声、歓声、歓声。そして、幾多の咆哮。

ついでに言えば、その全てが俺を含めた男子からのモノだ

……里居の視線が痛い上に、物理的にもコンパスが飛んできた。

紙一重でそれを躱すと、標的を見失ったコンパスは柳野の背中に突き刺さった。

…かなり痛そうだが、関係無い。

 

教師―――向田喜美恵はまあまあ、と男子の咆哮を鎮める。

 

「えっと。始業式で聞いたと思うけど、前の担任……あぁ、名前はどうでも良いね。

その人が不慮の事故で入院したので、その代わりで来ました。」

 

えっと、そんな理由で来れるのか?

教室の隅でボーッとしている副担任を横目で見る。

…まあ良い。非常勤講師が担任になれるかどうかは知らないが、

つまり重要なのは―――担任が美人になった、ということだけだ。

 

「とりあえず自己紹介と進路調査を兼ねて、今から面談をします。

じゃあ、出席番号最後の人から隣の部屋へ来て下さい。

終わった人は帰って良いよ。」

 

 

うわ。俺、出席番号1だから最後かよ。

ついてねぇ・・・というか、普通は出席番号1番からだろうが。

 

―――だが、許す。何故なら美人だから……。それが男子ってモノだ。

 

 

 

―――――(略)―――――

 

 

 

1人につき、だいたい2分くらいで面談は終わっていった。

とはいえ、1クラスに30人以上もいるのだ。

日もすっかり高くなってきたので、

俺は購買で買ったパンを貪りながら友人たちと談笑していた。

……あ、そういやマクドで昼飯買ってない。

―――その上、昼飯代として貰った1000円全てをパンに注ぎ込んでしまった。

おかげで、俺の机には普段ならばまず買わないような豪華なパン

―――と言っても、カレーパン(大辛)だとかそんなのだが―――

がつい先刻まで並んでいた。

 

しまった、と溜息をつくと、帰ってからどうやって母をあしらうか思考する。

―――まあ、どうでも良いか。

そう結論した時、教室に出席番号2番の奴が入ってきて、俺の順番が来たと告げる。

 

「じゃあ、行って来るわ。ちょっと待っててくれな。」

 

―――ん。」

 

OK。」

 

健太と里居に声をかけ、俺は隣の教室へと入った。

 

 

 

「あ〜、藍原蘭クン?

 

「はい。」

 

教室には向かい合わせの机が一組。

俺は教師の対面に座り、続きの言葉を待つ。

教師は机の上の資料を見ながら話しかけてくる。

 

「頭、良いんだね〜。少し意外。

ゲ、何これ。無遅刻無欠席の癖に早退27?

 

「あ〜、体が弱いモンで。具合悪くなったら病院行ってます。」

 

3割は事実だ。人外の戦闘に巻き込まれて打撲だとか骨折だとか……。

後の7割は…まあ、体育あるに体操服忘れたから

テンション下がりまくって帰ったりだとか。

その言葉に、対面の女性は案外あっさり納得していた。

あーそっか。と俺の言葉に頷くと、本題に入るのだろうか……表情を引き締めた。

 

 

 

「でさ、何で男子の制服を着てるの?

 

「…………。」

 

男だからに決まってるだろーが、このアマ。

という言葉を喉元で抑え込み、辛抱強く我慢する。

 

「ってかさ、君がそんな趣味してるから、学生簿にも男って間違えられてるじゃない。

せっかく可愛いんだからさぁ…。」

 

「……………ッ。」

 

 

黙れよ、このクソアマ。という言葉を(略)。

 

 

「うん、決めた。東大卒のアイドルになりなさい。うん、それが良い。」

 

「俺が、いつ女って言ったよ、このクソ。」

 

―――という言葉を抑えきれずに言い放つ。

しまった、と思った時にはもう遅すぎた。

対面の美人さんは、先刻と同じく引き締めたままの表情で、

しかし、口調は先とは全く違う温度で言う。

 

「脱ごっか。」

 

――――――――?

 

虚を突かれた一瞬で椅子ごと突き飛ばされる。

 

―――――ッ。」

 

衝撃。反射的に身を固くしたが、結構痛い。

 

「うんうん、前から脱がしたいと思ってたんだよねぇ。」

 

おいおい―――前って何だ?

一瞬でシャツのボタンを外されると同時、抵抗する暇も無いうちに両腕を拘束される。

 

「へえ。ホントに男なんだ。胸がぺったんこ。」

 

「〜〜〜〜〜〜〜。」

 

待て、待て待て。

――――さすがに、ズボンは脱がさない……よな?

 

そんな、期待も虚しく。ベルトに教師の手がかけられる。

あぁ…。前にもこんな事があったような気がする。

あの時は、どうやって見逃してもらったっけ?

―――しかし、教師の手はベルトにかけられたままで止まった。

止めたのだろうか、いや違う。止めさせられる何かが起こっただけ。

何故なら―――教室の扉を吹き飛ばし、獰猛な肉食獣のような剣呑さを体から放出している人外―――里居美恵がこの教室に入ってきたからだ。

 

 

―――潰す。」

 

 

斎藤の時とは比べ物にならない程の怒気。

そうなった時の里居は……拳で金剛石をも砕く、暴力の塊と化す。

 

「へぇ…。」

 

教師の体が俺から離れる。既に彼女の両拳は掌底の構えを作っている。

愉悦に口を歪ませ、里居へと対峙する。

ヤバい。何がヤバいかって、この教師―――向田喜美恵は里居と同じ人外だ。

全く、つくづく星占いってのは当てにならないよなぁ―――おい!?

 

踏み込んだ瞬間は同時。教室という狭い空間に、2つの暴虐の化身が跋扈する。

周囲の大気を震撼させ、椅子も机も窓ガラスも黒板も

―――教室にあるモノ全てを巻き込んで破壊するほどの喧嘩。

制止の声は周りの破壊音にかき消されるだろう。

 

……だが、まあ。人間ってのは不思議なもので。

カクテルパーティ効果を利用すれば、聞こえないことも無い

…だと思うけど、どうなのかねぇ?

 

 

 

その後、20分の説得と代案と抵抗により、俺は無事に帰宅できた。

同時に、喉がメチャクチャ痛くなった……つまり、大声を出しまくったのだ。

 

 

 

―――これが、俺。藍原蘭と向田喜美恵の邂逅だった。

それが再会となるには、アイツの過去を回想しなければいけないのだろう。

だからきっと、これは間違いなく初対面。

 

 

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