夏と聞いて思い浮かぶものベスト3
1、青い空
2、大きい海
3、露出度が高くなる服装。
と、いうわけで帰宅部(はぁと)は海へ遊びに出かけていた。
もちろん、いつも通りに人外バトルが始まる。今日の種目はビーチバレー。
チームは、人害姉妹&成元と俺、健太、田崎先輩になっている。
これは無論、帰宅部(はぁと)における勢力図となっており、
前者が圧倒的に優勢なのは言うまでもない。
帰宅部(はぁと)最強の人物は、波に向かってサッカーボールを蹴っている。
有り体に言えば、人数と戦力の関係ではぶられた。
本来は二人一組でする競技だからか、三人チームだとラリーが続く。
「いくぞ〜!!」
「「おぉ〜、バッチこ〜い!!」」
バシ、と乾いた音がする。
人害姉妹の片方は俺のサーブを綺麗にレシーブし、もう片方がトスする。
成元がそれと同時に跳躍し、強烈なスパイクを放つ。
「ぐぅぉっ!!」
ビーチボールは健太の顔面に当たり、宙に浮く。
「はぃっ!!」
田崎先輩のトスに合わせて、俺も跳ぶ。
女性用に低くセットされてあるネットならば、俺でも成元でもスパイクを打てる。
「らぁっ!」
本気のスパイク。女性相手に本気というのは嫌なもんだが、そうも言ってられない。
何しろ、相手チームは人間という種に当て嵌まるのかどうか…というやつらだ。
「はぃよ。」
ほら、人害Aが簡単にレシーブした。
「せりゃぁ!!」
再び―――今度は2打目でのアタックをする成元。
「――――――このぉっ!」
それを、飛びついてワンハンドレシーブするがボールは上がらず、ほぼ地面と水平に飛ぶ。
だが、飛んだ方向が良かった。健太が足で蹴り上げ、田崎先輩が返す。
「「どりゃぁぁっ!!」」
―――と、安堵したのも一瞬。先輩が返したボールを二人同時に直接スパイクされる。
俺は飛びついてレシーブした直後で動けないし、
健太もボールを蹴り上げて体勢を崩している。
無論、田崎先輩も返したあとの虚を突かれた訳で―――。
「「これで21-13だね。」」
「そもそも、こっちの得点は蘭1人で取ったようなもんだからなぁ。」
砂地に腰をおろしながら、健太がため息交じりに言う。
「いや、田崎先輩のサービスエースもあったぞ。
俺が9点で先輩が3点入れてるけど、先輩は俺のアシストもしていたからな…。
それも含めれば、先輩が1番良い仕事していたよ。」
「はは…。藍原クンがいたから、トスできたんだけどね。」
「……で、馬鹿は何もしていないんですよねぇ〜。穴だったし。」
笑いながら、こちらへ近づく成元。
一応、目の保養にじっくり見ておく。
「おぃ、てめぇ。先輩にタメ口を…いや、何でもありません。ゴメンナサイ。」
健太は弱々しい。それ故に、痛々しい。
「まぁ、健太も1点入れたよなぁ…顔面ブロックで。」
「「最後もやってたね、顔面レシーブ。」」
あ、健太が泣きながら逃げた。
先程までの痛みが込み上げてきたのだろうか、精神的に耐えきれなくなったのだろうか。
「さて、第2セットやりますか。」
下ろしていた腰を上げ、人外チームへ告げる。
「でも、先輩。そっちの馬鹿は消えましたけど。」
「クク…まぁ、そうなんだけどな。」
あぁ、でも帰宅部(はぁと)は7人なんだよ。
もう一人、俺の味方がいる。
「「…………………まさか。」」
「そ、いわゆるスーパーサブ。」
人害姉妹の額に、汗が浮かぶ……熱いからなのだろうが。
ともかく、奴らの顔にようやく困惑の表情が浮かんできた。
「ちょ…ちょっと、アタシも次の展開が読めたんだけど。」
恐る恐る、といった感じで呟く先輩。
あぁ、きっと先輩の想像通りだろう。
「――――――ウォーミングアップ完了。蘭、叩き潰すよ。」
唐突に、俺の背後に立つ女性。
それは、先程までウォーミングアップで波に向かってサッカーボールを蹴っていた人物。
帰宅部(はぁと)最強の身体能力を誇る、人外中の人外。
帰宅部(はぁと)では無敗記録を日々更新し続けている少女。
「あぁ。ここからは、一方的な人害狩りだな。」
「それも―――とびっきり、激しいやつ。」
――――――≪荒々しき狩≫――――――
「―――究極絶技!ファイナル・サトイ・ザ・ミエ・サーブ!!」
爆発したかのような音とともに放たれた里居のサーブは、
凄まじいドライブで敵のコートへ叩き込まれる。
「くぅっ!!」
それを何とか腕に当てる成元だが、そのボールを制御できずじまい。
これで、18-0……里居の18連続サービスエース。
ついでに今のサーブは、俺が見た限り里居のサーブの中で最も鋭く落ちる技だ。
「―――超絶奥儀!ウルトラ・アタック・クッタア・ラトルウ!!」
舌をかみそうな技名と共に、撃ちだされるのは無回転のサーブ
……しかも、何故か5個に分裂している。
「「ぐぅぅ―――!!」」
揺れる分裂魔球など取れる訳がない。
しかも、その魔球はコートの四隅と真ん中にコントロ−ルされ、
落ちる瞬間に四つのボールが消える。
何というか、シリアス展開だったら設定崩壊ぐらいの出鱈目さだ。
ともかく、これで19-0。
―――――(略)―――――
「―――勝利、ブイ。」
当然のことながら、勝った。相手が何人いようが、一人の天才には勝てない…。
チームプレーやコンビネーション(一緒のような意味か?)など、
究極の一には何の役にも立たない。
凡人が徒党を組んでも所詮は凡人。塵は積もってもすぐ崩れる。
まさしく、そんなことを証明するような圧倒的な勝利だった。
そして、競技は変わってスイカ割り。
―――スイカ割りという遊びは、昨今の海水浴場では全然見ないだろう。
実際、この海水浴場でもスイカ割りをやってるのは俺たちだけだ。
「―――という訳で、蘭。目隠し。」
目標10m先のスイカを確認した後、里居に言われるがまま、目隠しをつける。
「じゃあ、センパイ。回りますか。」
「「ぐるぐる〜〜。」」
そして、回される……過剰に回される。執拗に回される。
「って、おい!もう回すなって、酔う!!……ってか、もう酔ってる!!」
「―――何か、まわすって言葉……エロい。」
「…エロいのは、お前の思考だ。……ってウプッ」
ようやく、回転がストップしたが、平衡感覚が無いに等しい状態で歩くことも辛い。
「センパイ、目標は右肩の後ろです。振り向いてドカンとやっちゃって下さい!!」
「「全速前進13歩くらい。」」
「―――蘭、左脇の物体を思いっきり叩き潰して。」
そんな奴に、無理難題を押し付けるのだから、
スイカ割りとは何と過酷な競技なのだろうか。
よろめきながらも懸命に前進する俺に対して、またも喚く女子4人。
「センパイ!!敵は後ろにいますよ!!」
「「そのまま、左45°に叩き下ろして!」」
「―――先輩に同意、左45°。」
「ちょっと、そこの痴女。何、ホントのコト言ってんだよ!!」
「―――さぁ?別にアタシはこんなのに頼らなくても、物凄いアドバンテージがあるから。」
「キィィーー!!ムカツイタ!!!表でろやぃ!」
とりあえず、左45°辺りに狙いをつけ―――思いっきり棒を振り下ろした。
その頃、柳野健太は遠く離れた海の家で旧友―――阿部英一と再会していた。
「……楽しそうだな。」
「で、良いのかよ。蘭に逢わなくて。」
英一は嘆息しながら言う。逢うのは久しぶりだが、その姿はどこか老成していた。
何か、悟りでも開いたのかとも思いそうになる。
「別に良いさ。今更、俺が逢っても迷惑なだけだろ。」
「そうか?アイツ、絶対喜ぶぞ……いや、そうだな。全部思い出すかもな。」
あぁ、何でそんな事も考え付かないんだろう。
阿部 英一は蘭に逢いたいに決まっている―――だが、逢えない。
そこには明確な理由があって……
「あぁ…その事、まだ気づいてないのか?」
と、思考を遮る声。
「ん?」
「蘭は思い出してると思うぞ、俺は。」
その思いがけない言葉に、じっくり5秒ほどだろうか…思考が停止する。
そして、再起動された思考は口よりも遅く回る。
「は?お前、蘭より遅く戻ってきたじゃねーか。何とかしたんじゃねーの?」
「いや、ただ入院してただけ。」
その、呆気ない答えに空気が弛緩する。
健太は呆れたように―――実際、呆れているのだろう、
何でコイツはその事を何でもないことのように言うのか、と。
「何だ、そりゃ?」
そして、その後―――まあ、俺はそれで良いと思うけどな。と続ける。
「あぁ、お前はそんな奴だったな。」
結果がどうなろうと健太は気にしない。
その、刹那主義じみた思考は蘭と類似していて―――それ故に、いつも蘭の味方だった。
「で、お前はまだ何とかしようとしてんのか?」
英一は、健太に向けた目を蘭に移す。
「……いや、俺は負けた奴だからな。勝った方の言う事に従うさ。」
「別に顔合わせても良いと思うんだけどな。蘭だってそうして欲しいだろうし。」
「いや、少し分かってくれよ。今の俺が蘭に合わせる顔なんて無いんだよ。」
それはどういうことなのだろうか。
だが、どうせ自分が思案したところで答えは出ないだろう。と健太は結論づける。
「んー、まぁ良いけどよ…ってか、退院したんなら連絡しとけよ。」
「いや、何つーかな。まだ動きづらいんだわ、これが。」
「いつ、退院したんだよ?」
「いや、まだ駄目。あと半年は入院生活らしい。」
「―――はぁ?えぇ?はぁ!?馬鹿か!?つーか、よくここまで来れたな!」
「ふん、そうだろ。医者は今頃、俺お手製の身代わりクンに驚いている頃だな。」
あまりにも馬鹿げた行動。
昔のコイツからは考えられない。
昔のコイツは一歩引いたところで蘭たちを見守っていて、
決して騒動の中心にはならなかった。
さながら、傍観者じみた人物―――それが、阿部英一という人物だったはずだ。
だが今のコイツは、どこか蘭に似ていたから。
「―――お前、蘭に似てきたな……。」
そんな言葉が勝手に出てきた。
「…まぁ、それは置いといて。俺は適当に日本をうろついてるわ。
蘭に何かあったらメールくれ。」
「―――お前、蘭の親父みたいだな……。」
「ん、あぁ。例のラグビーマンか…俺は見たこと無いケド…そうなのか?
―――まぁ、この年から高校に行くのもハズいし…ゆっくり考えたいことがあるしな。」
「はぁ……。何でこうも周りに変人が多いのかね、俺は。」
昔からそうだ。
昔と違うところは、コイツまで変人になってしまったトコだろう。
全く―――なんでコイツらは蘭に影響されるのかねぇ。
「はは…。よっと。まぁ、そういう訳で俺はもう行くわ。蘭の顔も見れたし。」
「……目の保養になったか?」
「……かなり。」
軽口を叩き合い、寄りかかっていた椅子から腰を上げる。
「そっか…、じゃあな。」
「あぁ、それじゃ。」
阿部英一が柳野健太と別れ、海の家から出ていく直前。
蘭を遠く離れた所から見ている人物を確認した。
その人物の横を通り過ぎながら、英一は呟く。
「って訳で、俺はもう蘭の日常には現れないんだけど―――お前はどうするよ?」
「私は――――――。」
その言葉を聞き、英一は眉を顰めるがそれも一瞬。
次の瞬間にはいつも通りの表情で言う。
「とりあえず、放置しといてやるが―――蘭に手を出したら、殺しに来るぞ。」
平和な場にはおよそ似つかわしくない―――不穏な言葉。
きっと、彼は殺しに来るだろう。
何処にいても、連絡があり次第、地の果てまで自分を追って来て殺すのだろう。
だから、私は―――
「それは、蘭次第。」
そう答えるしか無かった。
「すぅ……。」
「んん〜……。」
「「二人とも、寝てるね…。」」
「寝てるな。」
「―――寝てる。」
「うん、起こさないであげよっか。」
「―――むぅ。」
英一と再会してからほどなくして、俺たちは帰宅することになった。
遊び疲れたのだろうか…帰りの電車の中、
蘭と成元は互いに凭れるようにして寝ている。
「―――ムムゥゥ……。」
里居は唸りながら静観している。
睡眠中だから蘭を起こしたくないが、成元とくっ付いて寝られるのも嫌なのだろう。
あ、嫉妬が勝ったのか…無理やり蘭を自分側に引き寄せた。
「―――♪」
「んんんーーー」
至福の表情は数秒だけ……
蘭は里居から嫌がるようにして離れると、またも成元に凭れかかる。
「―――ヌヌゥゥ。」
寝ている二人には気づかないが、険悪な雰囲気が辺りを包む。
「―――ふん!」
あ、蘭にデコピンした。
「……ん、着いたのか?」
痛みは感じなかったのだろうか、蘭は目を擦りながら聞いてくる。
「―――後、30秒ってとこ。」
車内放送が流れ、3人で席を立つ。
「ぶぐふっ!」
奇声を上げる、成元。
凭れかかっていた蘭が立ったから、空いたスペースに顔を突っ込むことになったのか。
……それでも、起きなかったのだが。
そして、帰り道―――俺は蘭たちと別れる。
「じゃあな。」
「あぁ。」
「―――早く行け。」
里居の挨拶に苦笑で返すと、1人違う方向へ歩き出す。
「そうそう、健太。」
そこへ、呼び止める蘭の声。
腕を引っ張る里居を無視しつつ、俺に告げる。
「俺の親父はラグビー選手みたいな体格なだけで、
ラグビーマンじゃないぜ?あぁ、あと一つ。」
俺の心臓が跳ねる。地面の感覚があやふやになり
―――何とかその場に倒れないように踏んばる。
蘭―――お前は、どこまで……
少年は、いつもの軽口と変わらない調子で続ける。
「余計な事はするなよ?それだけ……じゃあな。」
それは、隣の里居に悟られない為なのか。
英一の名前も出さず、いつもと同じ調子で語りかけてきた蘭は
―――既に、俺へ背中を見せていた。