―――という訳で、私も学生だった頃には―――

 

 

―――長い。いつも通りの長い話をしてくる校長。

その間、人口密度が非常に高い中で

体育座りしながら話を聞いているこちらの身にもなってもらいたい。

 

もっとも出席番号1番の俺は列の先頭にいる為、

後ろの奴に比べればまだマシだと言える。

後ろの方は、地獄の釜と言っても良い。

前後左右、1m以内から人の息遣いが伝わってくる。

吸う息も熱く、吐く息はそれをさらなる高温にして体育館という密閉された空間へ返す。

滴る汗は拭えず、ただ俯いて時が過ぎるのを待つだけという退屈な時間。

 

―――さて、それではみなさんも、有意義な夏休みを送って下さい。はい、終わります。」

 

ここで、全校生徒が顔を上げる。

ぺこり、と礼をする。

これだけで、終業式の8割は終わったようなものだ。

 

後は―――

 

「じゃあ、次は俺の話だ。」

 

―――毎度お馴染み、かどうかは知らないが生徒指導の話である。

かいつまんで要約すれば、男子トイレから煙草の吸殻みたいなものが発見されたこと、

登下校のマナーが悪いと近隣の住民から文句を言われていること、

夏休みに夜遊びするなということ。

この3点セット。ついでに言うと、この3つは俺が入学して以来、変化したことが無い。

そんな、生徒指導の話が終わった後は司会の先生が終わりを告げるだけだ。

 

「次は、生徒会からのお話です。」

 

――――――あ、そんなのあったんだ。この学校。

 

 

 

壇上で生徒会長と思われる人物がマイクを持つ。

 

 

 

「……はへぇ。」

 

―――美人だ。というかそんな、ありきたりな話が存在したのか…。

首元までのショートカットは、その人物によく似合っていて、

柔和な顔立ちのためか、どこかのほほんとした雰囲気を与えてくる。

 

「えー、9月の半ばで生徒会は代替わりします。

だから、もう生徒会は活動しません。…ぶっちゃけ、メンドイし。

大体、生徒会って言っても何すんのさ?みたいな。何か、ボランティア部みたいなノリだし。」

 

―――こんな奴が生徒会長だったのかよ!?

 

―――というか、そんなのは2学期の始業式で言えば良いの…にぃ!?

 

途端、浴びせかけられる視線―――全方向からの視線、視線、視線。

 

「な、なんだよ。何か、間違ったこと言ったか…?

 

「あー、そこ。藍原蘭くん。」

 

……名指しで生徒会長に呼ばれる。

 

「え……何ですか?

 

というか、何か、コイツら怖いんだけど―――!!

少し、怯えつつも返答する。

 

「あのね、そういう事は、言っちゃダメ。

9月の話はもう決まってるんだから。」

 

「…9月の話?あぁ。そういえば、9月は―――!!

 

更に、睨みつけられる―――そして、視線、死線、四川。…最後は絶対に違う。

 

「…そっか。よし、なら敢えて始業式の話にしようか。」

 

そう、俺の性格は基本的に天の邪鬼。

何か、みんなの予想を超えたい、とか思ってみたりして…。

 

「まあ、そういう訳で、次期生徒会長候補ナンバー1の藍原くん。

あまり、適当な事を言わないように。まだ構想だけなんだから…ね?

 

…理不尽だ。ぶっちゃけ、こいつらのほうがヤバい言動してるぞ…?

 

「…というか。何で俺が生徒会長候補なんですか?メンドクサイ。」

 

「え、だって。文化祭のミスコンで生徒会長決めるんだし。」

 

あぁ。納得した。だから、生徒会長が美人なのか。

……駄目だ、この学校。早く何とかしないと。

 

―――大体!!去年はアンタが優勝したから、アンタがやるべきだったのよ!

 

そして、一変。急に会長はキレだした。

 

「何?何ですか?生徒会長は2年だけとか、アリですか?

アンタとの票差が(自主規制)もあったのに、何故アタシ何ですか!?

いや、確かに。蘭クンは可愛くて可愛くて、

もう(自主規制)で(自主規制)だから、(自主規制)なんだけど!!

というか、9月は始業式の話なんですか!?君はそんなに美人先生に会いたいんですか!?

アタシの出番はこれだけなんですか!!?

 

―――あ〜。どうでも良いけど、そんな事を言っておいて、

あっさり文化祭の話とかしないように。

 

 

 

―――――(略)―――――

 

 

 

終業式が終わり、クラスメイトは独特の開放感を味わいながら帰宅する。

 

―――が、アタシ。成元 幸代にとっては、夏休みなど嬉しくないのだ。

何せ、先輩と学校で会えない。……自宅に押し掛ける勇気も度胸も持ち合わせていない。

だから、今日が1学期最後のアタックチャンスとなる。

先輩に走り寄りながら、最後のチャンスということで自分を奮い立たせる。

 

「せんぱ〜い。あのですね、今日はこれから暇ですか?ですね?ホテル行きましょう!

 

「……あぁ〜。ごめんな、今日は用事。」

 

―――そう、蘭はアタシとデート。」

 

 

…でた。

里居 美恵。アタシの脳内強敵ランキングでは不動の1位。

戦闘能力500万を超える強敵だ……ちなみにアタシの戦闘力は30である。

尚且つ、先輩―――藍原 蘭の幼馴染なのだからタチが悪い。

というか、最近―――5月頃から先輩も人外に優しくしだしたので、もう見ていられない。

一部の噂では、付き合っているとか、いないとか。

 

「……………むむぅぅぅ。」

 

確かに、二人が歩いている姿は絵になる、とは思う。

憎き、里居も顔は良い……これは間違いない。

エキセントリックな性格と人外の身体能力で、他の男子からはヒかれているが、

大人しくしていれば引く手なんぞ大勢いるだろう。

背は高く、モデル体型ってやつだ―――先輩、そういうのに弱いのだろうか。

髪はフツーのショートヘア。あまり拘りが無いようだが、どんな髪型でも似合いそうだ。

 

「…………むむむむぅぅ。」

 

そして、先輩は美少女……もとい、美少年だ。

さらに里居と違い、人当たりが良い。

男女構わず交友関係は広く、男女どちらからも告白される。

背が低いのを気にしているようだが、そんな瑣末なコトは問題ない。

むしろ、アタシと同じくらいでいて欲しいのだが

……成長期の男子というものは、成長が早く、

たった2ヶ月ほどで1cmも伸びているらしい。

この分だと、将来は170までいくのではないか、と危惧している。

……何故、危惧しているのかって?

アタシより背が高いと、抱きしめることが困難になるジャマイカ。

 

髪型はロングすぎる、ロング。以前、後ろ髪を切りたいと切実に語っていた。

―――どうやら、どの美容室に行っても『後ろ髪は切りません』と言われるらしい。

……賭けても良い、里居が絡んでいる。

まぁ後ろ髪を残させているという点では、里居に『GJ!』と言いたい。

 

里居は歩きながらも、先輩の後ろ髪に指を絡ませたり、

先輩の美尻を揉んだり、セクハラい事を繰り返していて―――酷く、癪に障る。

ええい、先輩ももっと強く否定しないか。

そんな弱々しく言ったら、逆に誘っているみたいじゃないか。

 

―――というか、里居。通学路だぞ。自重しろ!!

ちょ、そんなところまで!???!?

いやいやいや。ちょ、おま。

なんと、里居はいきなり往来のど真ん中で。

先輩のシャツのボタンを外し始めたのだ。

 

―――フフフフ。遂にアタシの怒りゲージがMAXになったぞ!!

 

「天誅っっ―――――!!!」

 

もう、許さない。ギタギタのケチョンケチョンにしてやる。

狙うは、里居の後頭部。しかし、私の全力を出し尽くしたハイキックは―――

 

―――邪魔。」

 

という一言と共に、受け止められた。

と同時に、里居の手刀が迫る。

 

「くっ―――。」

 

間一髪で避け、距離を取る。

・・  

「おい、成元も美恵も止めろよな。」

 

―――分かった。」

 

「むむむむむむぅぅ。」

 

名前呼び。―――そう、いつもは『お前』とかで呼ぶのだけれど。

こういう―――喧嘩の仲裁の時には、しっかり名前で呼ぶあたり、

アタシと里居の差が出ている。

 

「じゃあ、蘭の言う通り止めるね。」

 

あ、何その勝ち誇っているような目つき。

止めてよね、べ、べ、べつに悔しくなんてないんだからねっ!!

うわぁん、と脱兎の如く駆け出して、もちろん先輩にダイブする。

 

「あ〜、よしよし。良い子だから帰れ、ほらほら。」

 

――――――(ピキッ)」

 

途端、里居の顔が険しくなる。

先輩が頭を撫でてくれている最中、グイと引き離され―――

 

―――そこの痴女。蘭から離れなさい、馬鹿が移る。」

 

「痴女はどっちよ。そっちこそ、先輩にセクハラするなっ!

 

―――ふん、愛情表現をセクハラ?蘭は嫌がってない。」

 

「いや、実際嫌なんだが……。」

 

「ほら、先輩も嫌がってるじゃない!そっちこそ離れなさいよ!!

 

――――――蘭、どっちの味方?

 

「いや、どっちにも味方してない。」

 

ギャアギャアと喚きながらもアタシ達は頬を抓り合う。

下校中の生徒は『また、始まったよ』などと他人事のように喋りながら通り過ぎる。

……いや、他人事なんですけどね。

 

離せ

「うぁうぁふぇ」

 

    そっちこそ

―――うぉっふぃほほ」

 

 

たっぷり、5秒は硬直しているだろうか……。

それを見かねた先輩が、たいそう呆れたような声で言う。

・・                                      

「…おい、 里居。お前、一応は先輩だろ?そっちから離してやれよ。」

 

――――――。」

・・     

―――っ、美恵。離してやれ。」

 

―――何か悔しいから、こっちが先に指を離す。

く……なにさ、その勝ち誇ったような目つきは!?

 

「先輩、アタシも名前で呼んでもらっても良いですか?

 

「ん、まあ別に―――ムグッ。ンガー。」

 

―――!時間が無いよ。ほら、早く行こう!!

 

……里居の奴が珍しく焦ったような声を出し、先輩の口を押さえたまま運んで行った。

ほどなくして、見えなくなった二人を見て、ぽつり、と呟く。

 

「…ぐぅ、あの野郎。」

 

―――そこで、一つの疑問が生じた。

それは、とてつもなく些細なことかもしれないが、アタシにとっては重大なことであり―――

 

「先輩、アタシの名前、知ってるんだろうか……?

 

―――こんな事だった。

 

 

 

 

 

駅まで徒歩で15分。

電車に乗って、20分。

その後、バスで25分。

そして、用事が済むまで1時間。

その後は、またバス・電車で合計3時間ほどの時間を消費する。

 

「やっぱり、この町にないと面倒だな。」

 

―――うん。」

 

「というか、お前。ついて来なくても良いのに……。」

 

―――それは嫌。」

 

「…。」

 

―――まあ、あと6年くらいの辛抱だよ。」

 

そこで、里居は後ろから俺をきつく抱き締める。

 

―――アタシがお医者さんになれば良い。」

・・・・・              

「あんな医者は嫌だけどな。」

 

―――かつて、この町には医者がいた。その苗字は里居

小さい怪我から、大きい病気まで、なんでも診てくれた。

その医者の娘がこいつであり、こいつの姉である。

 

―――かつて、この町を救った英雄がいた。

 

―――うん、当然。アタシはまともだから。」

 

「どこがだよ。」

 

 

 

 

 

―――――英雄―――――

 

 

 

 

 

―――かつて、この町には医者がいた。今はいない。

だから、この町は不便だ。心臓病、癌、長期入院など・・・。

それらの処置は都市に行かなければいけない。

電車で20分、バスで25分。

 

―――かつて、この町を救った英雄がいた。今はいない。

だから、この町は平和だ。

 

―――まあ、6年後は任せてね。隅から隅まで診るから。」

 

「いやいや…。それは止めろよ、そもそもお前……頭そんなに良かったか?

 

と、里居は少し抱きしめる力を強くし―――

 

――――体育は100点。」

 

まあ、そうだろうな。

女子なのに50メートル5秒台だもんな。

それでも、手を抜いているのだから、信じられない―――

―――が、

 

「……他は?」

 

―――だ、大体は40点以上、50点未満。」

 

「赤点ギリギリだろうが!!しかも、大体って何だよ?

 

―――英語、国語、数学……以外」

 

おいおい…。

それで医大に行くとか…無理だろ。

―――そもそも、

 

「そんなにもたないだろ……。」

 

――――――。」

 

「早ければ、3ヶ月後。」

 

――――――っ。」

 

耳元で、歯軋りが聞こえる。

 

「遅くても、あと2年かそこら・・・てとこか?

 

―――ずっと、大丈夫かもしれないじゃない!

 

ぎゅう、と俺が痛いくらいに締め付けられる―――肉体的にも、精神的にも。

 

「いや……それはあり得ない。」

・・・  

―――何で?あの蘭はまだ……。」

                     ・・・・   ・・・

―――高校2年生になる少し前まで、この世界には藍原蘭が2人いた。

中学の時、俺は分裂した。それは比喩ではない、完全な分裂。

2人になった俺は、都合の悪い記憶と症状を全て片方に持たせることで生き長らえた。

俺はあくまで1人。分裂した片方が死のうとしても、

もう片方が生きている限り死ぬ事が無い…少なくとも、“1つの世界では。

 

そして、今年の4月。この世界の藍原蘭は1人になった。

俺は記憶を思い出した。

 

―――症状は未だアイツに持たせたままだ。

それも、限界が来ていたのだが。

アイツと接続した俺は、アイツから症状を共有しようとはせず、記憶だけを共有した。

結果、俺は健常だ。

藍原蘭も、それぞれの世界に1人だけとなった。

 

だが、それも終わりが来る。

アイツが死ねば、症状は俺に伝達される。

 

 

 

だから―――俺は、

 

 

 

「なあ、夏休みはさ。」

 

この、素晴らしい日常を―――いつもと同じように、

 

「また、みんなで海に行くか。」

 

―――また、バイトするの?

 

「いや、今度は遊ぶさ。」

 

―――女の子をひっかける?

 

「………。」

 

黙秘権、行使。

 

―――いつもと同じように、過ごそうか。

 

Back TOP Next

inserted by FC2 system