―――国道を逸れた田舎道、住宅街にポツンとある喫茶店らしき場所。

 

らしき…というのは、まだ俺がこの店に入ったことが無いからであり、

その店の看板には喫茶店などとは書いてないからである。

 

 

 

―――――Entertainment cafe “Jack The Master”―――――

 

本日の日替わりメニュー

 

日替わりサンド:ヒレカツサンド

日替わりドリンク:青汁(グァバ茶風味)

日替わりデザート:バナナ

 

 

「………。」

 

何年も、地獄にいたからだろうか

…何故かこんなモノでも微笑ましいほどに平穏だと思える。

 

「…実際、異常には変わりはないが。」

 

そして、俺はその店内へと入っていった。

 

 

 

―――――その店内はかなりのスペースがある割に、テーブルが5つしかない。

その代わり、普通の喫茶店には無い物…つまり、バスケットコートだ。

フロアの約半分が、バスケットコートになっている。と言っても、ゴールにラインが描かれているだけだ。

簡単な3on3ならば何とかできるかどうか、と言ったような大きさ。

加えて、一番奥にあるテーブルは雀卓だ。疑いようもなく、完全に雀卓だ。

つまり、まともなテーブルは4つということになる。

申し訳程度に置かれている新聞…、それらは全てスポーツ新聞。

店内に響き渡るグランドピアノの音色が、その場の異常性に拍車をかけている。

 

……僅かな間、異様な喫茶店に呆然の俺。

 

と、ピアノの音色が止まり、代わりに店内から無愛想な声が送られてきた。

 

「いらっしゃいませ………初めてのご来店でしょうか?」

 

随分と、愛想の悪い店員もいたもんだ。

口調こそ丁寧だが、どこか投げやりな感じで言っている

―――そして、店内を見渡しながら答える。

 

「あぁ……何と言うか、凄いトコだな。」

ジャック・ザ・マスター

「それでは、こちらの席にどうぞ…。正体不明の店のご説明をさせていただきます。」

 

…わざわざ、説明がいるほどのモノなのだろうか。

俺は訝りながらも、とりあえず案内された席に座って、店員を見る。

 

―――――――――ぁ。」

 

――――――瞬間、気絶してもおかしくは無い衝撃が俺を襲った。

 

「当店は、飲食の他に音楽、麻雀、バスケット、トランプが楽しめますが、

飲食以外のお値段は時間制となっております。

麻雀は点棒25000から、半荘1回終了時に清算し、

+1000点につき、当店の割引券を100円分差し上げますが、

-1000点につき、1回、新メニューの試食をしていただきます。

これは、トランプでも同じです。

尚、途中で時間がきた場合はその半荘はそこまでとします――――何か、ご質問は?

 

「いや、無い。」

 

震える唇でどうにかその言葉を紡ぐと、

その店員はメニューをテーブルに置き、下がっていった。

 

――――――あいつ、は。」

 

そう、俺はあの人物に殺された……はずだった。

 

 

 

――――――しかし、それはまた別のお話。今も俺の記憶にある、地獄の幻影。

今はただ、この日常を受け入れよう―――――

 

その男は、とりあえず日替わりサンドと、コーヒーを頼むことにした。

 

その男。名を、葉山輝義といった。

 

 

 

 

 

―――――――幻影―――――――

 

 

 

 

 

「コーヒーが無い喫茶店が何処にあるんだ!!

 

3卓にいる大柄な男は、この店のメニューにそう突っ込んだ。

 

―――――俺としては、この店にマトモなメニューを期待する方がどうかしている。

と思うのだが、客は客だから、丁寧に対処せねばなるまい。

 

「日替わりドリンクならございますが、いかがでしょうか?

 

「青汁(グァバ風味)って何だよ!どんな風味が憑いてんだ!?

 

成程、憑いてるとは上手い事を言う。

俺は目の前の客に感心し、フォローする。

 

「水ならありますが…いかがでしょうか?」

 

―――――あぁ。水で良い。あと、日替わりサンド―――――これは普通なのか?

・・・・・・・              

「はい。サンドウィッチは当店でも一番人気のメニューです。」

 

「…。」

 

「……。」

 

「………。」

 

「……………。」

 

 

 

たっぷりの沈黙の後、その客は口を開けた。

 

 

 

「サンドウィッチ以外のメニューは……青汁とバナナだけだな。」

 

「はい、今日は青汁とバナナ、それにヒレカツサンドでございます。」

・・・・・・・        

「…ヒレカツサンドは一番人気なのか?」

 

――――――、お客さまが頼んでいただけましたら、本日の一番人気になります。」

 

「……。」

 

再び、沈黙。

 

―――――帰る!!こんな店は嫌だ!!

 

その人物は、そう言うと店を出て行った…。

少し、いじめが過ぎたか……?

 

 

 

―――――実際、この店のサンドウィッチは上手い。

というのも、サンドウィッチだけは人害姉妹の母親である、

高崎美樹さんが作っているからだ。

だが如何せん、メニュー考案が人害姉妹と言う事もあり、この店に来る客は少ない。

何とか店がもっているのは、美樹さんのサンドウィッチと、

娯楽用具のおかげだろう……間違いない。

 

 

 

平日は17:0021:00まで。

休日は11:0021:30まで。

 

 

 

店員が俺と人害姉妹だけ、ということもあり。俺たちがいないと、店が回らない。

故に、平日の開店時間は俺たちに合わせてくれたものになっている。

だが、俺は週に4回程度で良いのだから、他のバイトに比べれば、良い待遇なのだろう。

 

 

 

とりあえず、俺はさっきの客が残したメニューを片付けると、

脇にあるバスケボールを構える。

 

―――――少し、遠いか…?

 

3ポイントラインを更に2メートルは離れた位置

―――片手では入らないと判断し、両手でシュートを放つ。

 

―――軽い放物線を描き、ボードに跳ね返って、ゴールに入る。

 

「っし。」

 

少しの充実感―――――をそのままに、俺はボールを拾って、ゴール下に置く。

そして、再びグランドピアノを弾き始め―――――ようとしたその時、

 

 

 

ちりん、と入り口にあるベルが鳴る。

 

 

 

「やほ、蘭。」

 

「………また来たのかよ。」

 

 

ため息交じりに言う…客に対してこの態度は如何なものかと思うのだが、

それはそれ。これはこれ、だ。

―――正直、こいつの事は嫌いじゃない…むしろどちらかと言えば、好きなのだが・・・。

所構わず、エキセントリックな事をするのは止めて欲しい。

何より、こいつといると厄介なことになる可能性が非常に高い。

具体的に言うと、人害姉妹と喧嘩したり、

健太と喧嘩したり(…といっても、一方的なモノなのだが)、最近では成元とも喧嘩したり。

流血沙汰など日常茶飯事になりつつある、今日この頃。

 

―――――深いため息をもう一つ。

 

「蘭、日替わりサンドとドリンク。

ドリンクは先に持ってきて。食後にデザートもよろしく。」

 

「分かった……待ってる間、何かするか?

 

「じゃぁ………いや、いい。ピアノをお願い。」

 

―――えらく、まともな会話をする里居に違和感を覚えながらも、

俺はキッチンにオーダーを渡し、青汁を入れて持っていき、再々度、鍵盤に指をおく。

 

 

―――――何か、リクエストは?」

       Amore traditore

―――――裏切り者なる愛よ」

 

「ん、適当なピアノ編曲の1曲目だけで良いのなら…。」

 

「良いよ、あぁ。できれば歌詞もお願い。」

 

―――――編曲やりながら、弾き語りしろと?

 

何つー事を要求してくる奴だ。

そもそも、音が合ってるかどうかも怪しいのに・・・。

 

「出来なかったら―――――お・し・お・き?

 

―――――す、と。周囲の温度が下がる。

里居の周りから発せられる明らかな―――――怒気。

 

「お前、もしかして、球技大会のやつ……根に持ってたりするのか?

 

―――もち。」

 

―――――。」

 

とりあえず、集中しろ…。

こいつは、本気でやりかねん上に、逃げても抵抗しても無駄だ。

 

周囲を狭める。意識は空に。限界まで集中しろ。

 

        ヨハン・セバスティアン・バッハ

―――――Johann Sebastian Bach

ベー・ヴェー・ファオ     

Bach-Werke-Verzeichnis.201

裏切り者なる愛よ     

Amore traditore――――

 

 

 

―――――それは、偽作とも言われる。幻影の曲名―――――

 

 

 

――――――頭脳を全力で動かし、裏切り者なる愛よを頭の中で流す、

と同時にピアノ編曲、それに合わせて指を動かし

―――――イタリア語の歌詞を謡う……。

 

ちらり、と里居の方を見る。

 

 

 

「…………(Zzz)。」

 

―――――って、寝るなよ!!

 

 

 

―――――演奏を止め、とりあえず里居に向かっておしぼりを投擲してた。

―――無論、そのおしぼりがとられたのは言うまでも無い。

 

 

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