見知りの看護師さんに連れられ、その病室まで行く。


「どうも。」


ぺこり、とお辞儀をしてその個室に入る。
最近は、花を持ってくるのも煩わしく……というか、金が持たない為に持ってきてない。
蘭と違って、俺はバイトをしていない身だ。

蘭に誘われたこともあったが、

あの姉妹と一緒にいると、命が幾らあっても足りないので丁重に断った。

・・・・・                               
その個室にいる人物は、2年ほど前と全く同じ状態でベッドに横たわっていた。

 


遷延意識障害

 


俗に言う植物状態だ。この人物は脳外傷後、

既に2年も経過している故に、永続的植物状態ともいわれる。
こちらの声を認識できない人物に向かって、俺は語りかける。

「久しぶり。俺は元気だよ、蘭は……何か本格的に美人になってきてるぜ。

最近は、クラスの中心になって馬鹿やってる。勿論、俺も一緒だけどな。

里居は相変わらず、蘭にだけ態度をがらりと変えやがる。」



いや、俺は認識できない人物だから、全てを話している。
俺たちのはそれだけ深いものだと思っている。
勿論、そのを負うことを後悔はしない。懺悔もしない。謝罪もしない。

俺は…いや、俺たちはそれが最善だと思っているのだから。


「ただ、蘭は危ない。最近、すぐに息切れするし、歩く速度も遅くなってる。

そろそろ気付くかもしれないんだ…。」



―――
蘭に、気付かれたら全てが終わる。


「里居も、少し焦ってきててな。既成事実でも作るかもしれない…マジだぞ?

どくん、と胸が痛む。蘭に手を出そうとするのは良いが、

あいつらは焦りすぎて、危ない。少しでもズレがあれば気取られる。

そこから、コレまでは辿りつかないとしても、可能性は0じゃない。

――――だって、あの蘭だぜ?」


蘭は、うっかりも多いが、それ以上に頭の回転が速い

……異常だとも言えるぐらいだ。
中学の時に見えた、鬼才の片鱗を考えれば、

蘭が本気を出すと、どれだけ恐ろしいか、想像も出来ない。



「まあ、とは言っても……優しい奴だから良いんだけど。」

良いのだが―――だからこそ、蘭が死ぬことに耐えられない。


ひでかず                                
「どうすれば良い?……英一。俺は、もう耐えられないかもしれない。」


そう。俺には――――蘭を欺く自信が無いし、蘭を騙し続ける自信も無い。



「だけど、蘭から離れようとは思わないんだ……だって、」



―――
だって、親友だからな。

胃に穴が空いても、全身を串刺しにされるような痛みが心にはしっても、

俺は、蘭を守り続ける。



いつか―――――この日常が終わる、その瞬間まで。





「で?“に影響が出てるのか?

「うん、貴方がいくらその状態を保っていても、段々と蘭は覚醒してる。

このままだと、いつか完全に一つになる。」

「そうか……。どれくらいの状態?

「今はまだ……全然。体調不良と言っても良いぐらい

……でも、この前のでかなり進行が進んだ。」

「そう。まぁ、こっちの事は任せるわ。俺はあっちで何とかする。」

「……うん、任せて。貴方も気を付けた方が良い。」

「………。」

―――――?

「……焦ると、気付かれるぞ。解ってるよな?

お前たちはずっと変わらずにいないと気付かれる。」

「解ってる。」

「………。」



けど、と私は心の中で呟く。



―――――
変わらない事なんて、本当は何一つ無い。

は、彼が消えるまでに伝えたいモノがある。
だから、変わらずに……なんていられない。





一年に一日だけ帰ってくる父親。
一年に一日だけ家へ来ない友人。
一年に一日も会話をしない幼馴染み。

その三人と俺の日常を構成していくことだろう。
これまでも…多分、これからも。





――――
それは、素晴らしい、夢の、断片で、

本当に、俺は、そう、なると、信じて、いた。



だが、俺は、真実から、目を逸らしていた。



―――
変わらないモノなんて、無いから、日常というモノは無い。


日常は、真実から最も遠い位置で、それはすぐに崩れると思い知った筈だったのに、



―――
どうか、俺の望みを叶えて下さい。
―――
どうか、俺を生かして下さい。
―――
どうか、崩れないでください。



そう、願ってしまった。

 

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