「……んっ。」
―――眠い。それに、寒い。
季節の代わり目に対応できていなかった…。
掛け布団がまだ薄いモノだ。そして、今日はかなり冷え込んでいる。
俺はなんとか大丈夫だろうが、母は大丈夫なのだろうか…。
まあ、無駄にイベント増やすつもりは無いだろうし、風邪なんてひかないよな…。
ふと、ベッドの上にある目覚まし時計をみると、午前5:52を表示していた。
「っ、また中途半端な。」
アラームは6:00きっかりに鳴る。
つまり、いつもの起床時間まで8分もある。
いつもならば、起きただろう。
自堕落な生活を送るべからず、というのが俺の生活方針だ……多分。
だが、今日は寒くて眠い。
つい、布団に潜り込んでギリギリまで寝ようとしてしまう。
「―――蘭、そんなに私が恋しいのか。」
―――そして、布団の中には見覚えのある人物が一人。
「……」
「うん、私もそう思ってた。でも、蘭…。昨日は可愛かったよ。」
「……」
間違いない、今時の女子にしては珍しく一人称が“私”。
里居美恵―――恐らく、この界隈で最強かつ最凶の存在。
「ふふふ…。さぁ、お姉さんに全てを任せて。」
「――――――っ!!!」
ベッドから離れた。
思考が恐ろしい速さで回転する。
何故、こいつがいるのか…。いやいや、何故ベッドにいるのか。
というより、昨日ってなんだ!?昨日、何かしたのか!?
俺、こいつとしたのか!?高校一年だぞ!?それはまずいぞ!
「…いや、付き合ってるなら、そういう事もあるだろうけど。」
「…付き合ってないの!?」
「…誰と?」
「私と。」
「誰が?」
「蘭が。」
「何で?」
「蘭が可愛いから。」
「だから?」
「襲っちゃった。」
「――――――まじかよっ!?」
「―――――まじだったら良かったよ!!!」
逆ギレしだした。
どうやって此処に入ったかはもう聞くまい。
きっと、聞いたらいけないトコだろう。
衣服を確認するにどうやら、襲われても襲っても無いようだ。
時計は6時5分前を表示している。
…寝る気も失せたし、往くか。
「何所へ?」
「河原だよ、ランニング。」
「………。」
途端、里居の顔が少し険しくなる。
「―――――っ、どうしたんだよ。」
もともと、表情が無い奴だからだろうか。
少し苛立ちを浮かべた、その顔に俺は少し気圧される。
「何キロくらい走るの?」
「あまり走らないよ、健康の為だからな…。
まあ、2,3キロぐらいだと思うけど。」
そして、里居の表情が崩れた。
これまでは見たことも無かったような―――――
・・・
――――――まるで、俺を嘲笑うかのような表情へと変わる。
・・・・
「……………そう、結構頑張るんだ。その体で。」
「――――え?」
「あぁ、いやなんでも無いよ。小さいのに頑張ってるから驚いただけ。」
「いや、お前知ってるだろ…?この前、メモに書いてたし。
ってか、お前。もしかしていつも監視してるのか…?」
「………………。」
「おい、黙るなよ。そこで。」
少し、怖い。四六時中、里居に監視されてるのだろうか…俺。
「―――監視じゃなくて、守護。」
…嘘つけ。
「それと、メモとかそんなの知らないよ。」
「嘘つけ!!!お前、自分で見せただろうがっ!」
「…忘れた。」
――――嘘つけ。
「じゃあ、私は家に帰るから。また学校で。」
シュタ、と里居は俺の家から出て行った。
「……何しに来たんだよ、あいつ。」
ランニングする気も失せ、今日の朝食と弁当に時間をかけることにした。
――――――インターホンが鳴る。
「蘭〜。行こうぜ。」
柳野だ。あいつの登校ルートは、本来俺の家を通ると遠回りになる。
だから、帰りはいつも途中で別れる。にも関わらず、登校は俺の家を通る。
……一人で行くのは寂しいのだろうか。
「おう。じゃ、行ってくる。」
「はい、行ってらっしゃい。そうそう……蘭。」
母が呼びとめる。
「ん?」
「えっちゃんをね、昨日の夜中に蘭のベッドへ連れていったんだけど…何でいないの?」
「お前が元凶なのか!?」
えっちゃん、と言うのは里居美恵の最後の『え』からきた呼び名だろう。
「二度とするなよな……。」
「ねえ、何でいな……
母の言葉を途中で切ると、学校へと歩き始めた。
「――――おはよ、蘭。」
「……げっ、里
柳野が声をあげるが、里居はその言葉を視線だけで止めた。
「―――――アタシは蘭に挨拶した。」
「……。」
……、もう何も言うまい。
俺たちは結局は三人で歩き始める。
いつもと同じ、20分ほどの通学路。
多分、いつになっても変わらないであろう、と思っていた。
いや、願っていたんだ。
俺は、真実から目を逸らしていただけだった。