例えば、だ。
あるテストで、
「リンゴが2つあります。
Aさんがそれを1つ食べました。
さて、リンゴはいくつありますか?」
ときたら、頭の中では瞬時に、
【2-1=1】
が浮かぶだろう、浮かばない人はあまりいないはずだ。
この手の問題は小学生中学年くらいまで、お世話になるわけだが、
そこで問題になるのが「-」だ。
例えば、
【-2×-3】なら、先程のような文章問題には出来ない。
………実際、「-」などという数字を日常生活で使うのは極めて稀だ。
更に言うと、「-」に「-」をかけると「+」になるなんて事は日常で使うだろうか?
いや、使わないだろう。
さて、わざわざこんな例を出したのだが、本題に入ろう。
つまり。
世の中には、別に知らなくても良い事が沢山あるという事だ。
それにも関わらず、我が父親は世界を見て、見聞を広めたいらしく、
冒険家なんぞをやっている。
確かに、見聞を広めるのを悪しとは言わない
……言わないのだが、父よ。
冒険家をしてまで、する事は無いんじゃないか?
しかも、高校生の息子を残して!!
父親の職業を冒険家って言う息子の気持ちを察してくれ。
履歴書に【父親の職場:アマゾン川周辺】って書き、
それが原因で大半のバイトの面接に落ちた、息子の気持ちを察してくれ!
しかし、そんな父にも父親らしい所があるのか、一年に一回。
七夕の日には家へ帰ってくる。
何故、七夕なのかは何故だが、ただの気まぐれだろう。
どうせなら、正月に帰って来いってんだ。
と、父親に悪態をつく事30分。
ピンポーン。
と、チャイムが鳴り、俺は玄関を開ける。
途端、
「やっ」
と、片手を挙げながら、大柄な人物が侵入してきた。
2m近くある長身に、ガッシリした体つき。
短髪で、髭はしっかり剃られている。
一見すると、ラグビー選手にも見える大男が、俺の父親にあたる人物だ。
帰って来るなり、飯をくれ。
などと言う父親に、俺は反論もせず、カレーを温めにかかる。
このカレーは昨日から寝かしておいたものだ。
さて、カレーが温まるまで俺とこの父親の違いについて話そう。
「目は母親似だけど、口元は父親似」
などという、会話は初対面の親戚の間では結構な数で交わされていることだろう。
実際、顔の造形は遺伝的なものがあると思うし、
視力や身長は、もっと関係していると思う。
家族全員がコンタクトをしている等の話は、よくある事ではなかろうか―――?
しかし、だ。
我が親子には共通点が全く無い……と自称している。
顔は、何というか……アレだ。
あまり、この話題はしたくない。
俺は、先週も告白されたばかりなのだ…男に。
身長は55cmほど違う。
あ〜、そこ。
俺の身長を逆算しないで下さいね。
視力は……まあ、俺は1,3なのだが、父はどこぞの弓兵並に凄い。
と、いった様なのだ。
血が繋がって無い、と怪しんだのは6回を超す。
しかし、マジで、悪い冗談のように、実の父なんだ……コレが。
と、一人で思いながらカレーの火を止める。
カレー……この料理ほど、
嫌いな人が少ない料理はあまり無いのではないだろうか……?
甘党、辛党を問わず、特に繊細な技術を必要とせず。
更には、野菜も入っていて体に良いとくれば、確かに無敵だろう。
そもそも、何の敵だかは分からないが。
ともかく、カレーをカレー皿(このカレー皿はほぼ平らで、ルーが零れるんではないかと危惧している)に盛り、
父親に差し出すと、自分も食卓に着き、食事を始める。
―――略(会話は無く、カチャカチャとスプーンの音しかしないため。)―――
食事が終わった後、
食事中の沈黙(父は三杯、俺は二杯おかわりをした。)も何処へ行ったのか、
父は俺に質問の暴風雨を浴びせてきた。
高校はどうだ、や。
友達百人出来たか、とか。
部活に入ったのか、バイトをしているのか、や。
勉強はどうだ、とか。
金は足りてるか、など。
…まあ、俺の一年間を殆ど聞いてきた。
そして、父親の帰宅から三時間が経過しようとしていた頃。
ようやく、俺への質問が止まると、父親は椅子から立ち、大きい荷物を背負い、玄関へと向かう。
俺は、その背中に問う。
「親父、次はどのあたりに行くんだ?」
「ん?次は東南アジアだな。
三年前に行った時は、登山道具が不足していて
チョモランマ(エベレストの事・・・って言わなくても分かるか)に登れなかったからな。
と、背中で答える。」
「………って、背中で答えれる訳ないだろぅっ!!
勝手に字の文みたいな事いうなよっ!
背中じゃなくて背中越し(背を向けたままでも可)だろうがっ!」
親父は、笑いながら俺のツッコミを躱すと、
一度だけ振り返り、俺に手を振って駅の方へと歩いて行った。
一年に一日だけ帰ってくる父親。
一年に一日だけ家へ来ない友人。
一年に一日も会話をしない幼馴染み。
その三人と俺の日常を構成していくことだろう。
これまでも…多分、これからも。
などと、少し漫画の最終話の様なノリで思った後、
俺は玄関の鍵をかけた。